第3話 美鈴

 これは夢だ。

 自分の過去の夢。

 ここまでの辛く険しい苦難の記憶。


 メイは生まれた時から特別だった。


 1月1日、1年の始まりの日に生まれたメイは左右で碧と黒と言う異なる瞳を持った『神稚児』としてこの世に生を受けた。


 メイの村では、他者と違う特徴を持って生まれる子供は天から特別な祝福を受けて生を受けた神の子として扱われ、更には1年の始まりの日を世界を司る神々の輪廻が1巡した翌日であると捉え、そこで生まれた者は神の生まれ変わりだと信じられていた。

 そのため、その2つの特徴を持って生まれたメイは神童と祭り上げられ、生まれた直後には多くの村人から現人神として崇められる存在になっていた。


 だが、村の皆の信仰は決して間違いでは無かった。

 何故なら、メイは間違い無く特別だったのだ。


 5つになる頃には、メイは村の誰よりも知識を有し、同じ年頃の誰よりも運動が出来た。

 それだけで無く、7つになる頃にはメイの規格外な才能は国中に知れ渡り、国の偉い人の紹介で大学にさえ進学出来る程の才能を発揮していた。

 連日その驚異的な才能を取材に来る記者が訪れ、幼いながらも溢れ出るメイの美貌に賞賛を送る声は多く、端から見れば天より全てを与えられた幸運な少女に見えていたことだろう。


 だが、当時のメイは幸運とはほど遠い心情にあった。


 メイは負けず嫌いだったのでどんな分野であろうとメイよりも優れた者がいるとされればその分野で誰彼構わず勝負を挑み、当然の如く勝利を収めてきた。

 そのため、メイに負けた者達はメイの才能に賞賛の言葉を贈るものの、その圧倒的なまでの才能の差に嫉妬し、メイを遠ざけるようになった。

 更に、メイの才能を利用しようと愚かな大人達が群がり、金を手に入れるために実の両親でさえもメイを利用するようになった。


 そうして、9歳になる頃には気付けばメイは1人になっていた。


 メイの2倍近くも年が離れた大人達がメイに嫉妬し、嫌がらせや無視をして来る。

 汚い大人達が甘い汁を吸いたいとメイの才能に群がってくる。

 メイの周りにいるのは意地汚く、薄汚く、狡賢く、小賢しい愚か者ばかり。


 つまらない他人につまらない日常、どんなことをやっても直ぐに誰よりも優れた才能を発揮してしまう面白味の無い自分。

 そんな灰色の毎日に、何時しかメイは生きる意味さえ失いかけていた。


 だがある日、そんなメイの日常をぶち壊す運命の出会いを果たすことになる。


 その日もメイは何時も通り、さほど興味の湧かない簡単な講義を聴き終え、誰とも話すこと無くさっさと講堂を出ようと荷物を纏めていた。

 すると、ふとメイが座った机の下に1冊の本が落ちていることに気付いた。


 それは今までに見たことの無い不思議な本だった。


 メイが今まで読んできたどの本よりも文字が少なく、まるで子供に読み聞かせる絵本のように、だけど絵本とは全く似ても似つかないタッチでびっしりと絵が描き込まれた本、つまりは漫画と呼ばれる本だった。

 その当時、漫画などは頭の悪い子供が見る本だと教えられていメイは、『これが噂に聞いた漫画か』程度の好奇心からパラパラとページを捲ってみたのを今でもはっきりと覚えている。


 だが、その何気ない好奇心がメイの灰色の人生を変えてくれた。


 メイが手に取ったその漫画は『転生魔王の異世界平定記』と言う、異世界に転生してしまった少年が様々な困難や障害を乗り越えながら異世界を支配するまでを描いた物語だったのだが、主人公のルシファーは異世界から迷い込んだ魂であった影響か生まれながらにして左右で色が異なる瞳と驚異的な魔力を持って生まれてしまうと言った設定だった。

 そして、その特徴のせいで親には捨てられ、周りからは気味悪がられている影響で孤立してしまうと言う、まるでメイがモデルでは無いかと疑ってしまうほどその内容は私の心を引きつけるには十分なものだった。


 気付けばいつの間にか持ち帰っていたその本を読み終わり、直ぐさまネットで注文して全巻を揃えると一息に読み切ってしまい、その時点でメイはある事を確信していた。


(間違い無い! メイの進むべき道はこれだったんだ!)


 何故、メイにこれだけの才能が与えられたのかずっと疑問だったが、それはきっとこの物語の主人公、ルシファーのようにメイのような存在が泣かなくて済む、寂しくなくて良い世界を創り出すためだったんだと確信する。

 そして、そう確信した後は直ぐにルシファーのように世界を支配する魔王としての力を手に入れるべく、血の滲むような特訓を開始する。

 何時でもどんな敵とでも戦えるように様々な文化の武術をネットで調べ、いざという時の知識のために様々な系統の魔術や神話について勉強した。

 途中、私の修練を邪魔しようと奮闘する両親をどうにか黙らせ、何時が来ても良いように準備を怠らなかった。


 そうして修行を続ける事1年半。

 ついにメイは自分の中に眠る力、神器『エクスカリバー』の存在に辿り着くことになる。


(やっぱりそうだ! メイの使命は、この力でルシファーのように世界に蔓延る悪を倒し、理想の世界を手に入れる事なんだ! でも、ルシファーもいきなり強大な力で世界を変えようとすれば必要以上の混乱が起こるから、極力その大きすぎる力を隠しながら活動してたよね・・・・・・。だったら、メイもそれを真似しないと!)


 そう決意したメイは、ルシファーのように碧い右目を封印の魔方陣が刻印された眼帯で封じ、強大な魔力を押さえるために聖なる言葉を刻んだ包帯で右手を封じる事にし、装いも黒を基調としたものへと変えていった。


 その頃になるとメイの両親はメイを「正気では無い」と罵り、力尽くで止めようとし始めるが、力と使命に目覚めたメイが金の亡者と成果てた愚かなる大人達に負けるわけが無く、12になった頃にはもはやメイの覇道を妨げる障害は全て取り除かれていた。


 こうしてメイの英雄譚が幕を開けようとした矢先、その異変は突如として襲いかかって来た。


 何と、突如として平和だったはずの世界に異形の魔物が溢れ、平和だった世界に破壊と恐怖をばらまき始めたのだ。


(確か、ルシファーの世界も娯楽を求めた神々が争いの種を世界にばらまき、平和な世界を作ろうとするルシファーの邪魔をしてたはず! と言うことは、きっとこれもそう言う事なんだ! じゃあ、メイもルシファーと同じように自身の最強を証明し続けて、いずれはその悪しき神々を倒さなきゃいけないんだ!)


 そう確信したメイは、光の聖剣を手に悪しき魔物を次々に両断していく。

 しかし、突如として出現した魔物のボスと死闘の末、力及ばずに敗北を記してしまい、辛うじて一命を取り留めたものの酷い傷を負った上に無様に逃げ出さなければならいと言う屈辱を味わうことになる。


(有り得ない! ルシファーは何時でも最強だった! だから、ルシファーと同じメイも最強であるはずなんだ!!)


 その強い確信の下、メイは何故こんな事態になってしまったのかと必死に思考を巡らせる。

 そして、ある1つの可能性に辿り着く。


(まさか、最終話付近で神々の圧倒的な力に窮地に立たされたルシファーが、転生後の力とは別に転生前に持っていた力の存在に気付いて更に最強の力を手に入れたように、メイの中にも『エクスカリバー』とは別の力が!?)


 そしてその推測は正しかった。

 メイの中には神器『エクスカリバー』とは別に、『傲慢』と言う名の強力無比な力が眠っていたのだ。

 更に運命的な事実として、その『傲慢』により扱える強力な力、固有術式の名称はメイが運命を感じた物語の主人公と同じ≪ルシファー≫の名を冠していたのだ。


(やはり、世界はメイを、いいやを世界の王として待ち望んでいる!!)


 こうして、完全なる力に目覚めたメイはその圧倒的な力で香港を忌まわしき魔物の脅威から解放し、そのまま心の赴くままに各地を放浪しながら魔物を駆逐して回り、気付いた時には『魔王ザ・デビル』と呼ばれるほどの存在になっていた。

 その影響で妙な連中が寄ってくるようにはなったものの、この最強の力の前ではどのような陰謀や策略も意味を成さなかった。


 それから、あの日ドクターと名乗る怪しい男と会うまでメイに傅く配下と共に着々と領地を増やしてきたが、連れられた退屈な船旅の中で、格納庫に置かれた小型船を興味本位で調べていたら大した装備も無しに広大な海のど真ん中に1人放り出されることになってしまう。

 流石のメイも、、大海のど真ん中に大した装備も無しに放り出されれば為す術が無い。

 幸い、≪ルシファー≫の能力のおかげでメイに敵意を持つ外敵には簡単に対処出来るが、それでも喉の渇きと空腹には抗えない。


 だが、これだけのピンチにあってもメイの心にはさほどの焦りは無かった。

 何故なら、どのようなピンチに陥ろうとも主人公の前には必ず運命的な出会いが待っているからだ。


「ツッ! キミ、大丈夫かい!?」


 案の定、夢と現実を行ったり来たりしていた薄れゆく意識の中、確かに誰かの声が聞こえた。

 走馬燈のように見ていた過去を振り払い、この出会いはメイの英雄譚をどう彩ってくれるのかと心躍らせながら薄れゆく意識でなんとか会話を行い、そのまま気付けば意識を手放していたのだった。

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