第1話 移りゆく世界

 僕らがファブニールを討伐したあの日から、早いもので気付けば2年の歳月が経過していた。

 その間に、世界の在り方は大きく変わってしまった。


 先ず、世界各地に出現した魔物により各国を繋いでいた通信網は壊滅的な被害を受け、国外への渡航もほぼ不可能な状態で有るため他国の状況を知る術が大きく限られる状況となってしまった。

 確かに、完全に通信手段が途絶えたわけでは無いため全く情報が入って来ないわけでは無いものの、それでも一般人が手に入れられる情報がかなり限られたものとなってしまっているのは事実だ。


 そして次に、少なくとも今の日本では国家と言う枠組みがまともに機能しない状況へと陥ってしまっている。

 何故そうなってしまったかと言えばとても単純な理由で、日本の主要な都市を魔物が襲撃した事により呆気なく都市機能が麻痺してしまったのだ。

 勿論、それらの都市を開放する為に自衛隊による大規模な解放作戦が幾度となく実行されたものの、その尽くが失敗に終わっていた。

 因みに、1度だけ僕はその奪還作戦に手を貸そうとしたことが有ったのだが、その際に僕らの力を研究したい国の偉い人達から食事に薬を盛られる事件があって以来、個人的に人助けはするものの国家権力とは今後一切関わらないことを心に誓ったのだった。

 なお、僕らは『アイギス』の加護と『聖杯カリス』が有ったので毒など一切効果が無かったのだが、それでも僕らを捉えるために押し寄せる大勢の大人達を殺さずに突破するのは非常に骨が折れたのを今でも忘れられない。


 そして最後に最も大きな変化として、彼方此方に『魔人』と呼ばれる魔力に適応した人が少なからず出現するようになった事だ。

 リヴィアさんの推測では、おそらく食料の確保が出来ずに魔物の死骸を頻繁に口にした人達が出てきた事が切掛に、定期的に魔力を体内に取り込むことで紅い眼への変色と頭部に角を頭に生やすと言う変化を起こし、出力の個人差は大きいものの魔力を操る事の出来るようになったのだろう。

 そして、そのような変化を起こした者は残念な事に大抵の場合が『化物』として迫害の対象となり、『魔人狩り』と呼ばれる蛮行が頻発する事態へと陥ってしまったのだ。


『魔人狩り』。


 簡単に言ってしまえば、魔人化を起こした者を集団で私刑にしてしまうと言うこのなのだが、魔人化したて者はほとんどの場合突如手に入れた力を使い熟せず、身体強化なども碌に行えないために常人の身体能力とさほど差が無い程度の力しか持たない。

 故に、魔物のような強靱な肉体を持たない魔人は容易に捕まり、暴徒と化した者達によって呆気なく命を取られてしまう。

 更に、最初からある程度の才能を発揮した者は、その力を使い襲い来る者を討ち滅ぼすだけに留まらず、その力を使って力無い者を支配し、酷い場合は虐殺を始める者も見受けられた。

 こうして巻き起こる争いは全国各地で頻発し、それらの力を研究し利用したい権力者の思惑も入り交じり、気付いた時には平和だった日本の姿は消え、混沌と暴力が支配する暗黒の時代が訪れていたのだった。


 そんな世界の中、僕とアヤメはとりあえず自身の力を使い熟し、同じ神器と『原罪』の力を有する仲間を見付けるために日本各地を2人で回る日々を続けた。

 途中、幾度も魔物の脅威から多くの人々の命を救っては来たが、救われた者の反応は様々だった。

 確かに、命を救われたことに感謝を向けてくれる人も少なくは無かったのだが、それでも残念な事に大多数の場合は異なる反応を返してくる。

 ファブニール討伐時のように「化物め」と拒絶や罵りの言葉を向ける者、今後も常に自分達を守るよう要求してくる者、僕らを神の使いだと信仰心を向けてくる者、そして僕らの力を手に入れようと画策する者・・・・・・それらの善意と同時に数え切れないほどの悪意に曝されるにつれて、半年ほど経った頃には僕とアヤメは他人と接するのを極力避けるようになっていた。


 こうして、人との接触を極力避けながら魔物の脅威を取り払う日々を過ごしていたある日、僕らはたまたま『魔人狩り』が行われていた現場に出会すことになり、勿論見捨てる事も出来ずにその魔人の少年を助けることとなる。

 そして、1人でも生きていけるように力の使い方を教えることとなったのだが、それが悲劇を招いてしまう。

 数日で出来る限りの事を伝え、旅に同行させるわけにもいかないので彼と別れた直後、悲しいことに戦う力を手に入れた少年が最初に行ったのは自分を虐げた人々への復讐だった。

 彼と別れて4ヶ月後、再び僕らが彼と再会した時、彼は自分の故郷を力と恐怖で支配し、そこで王として君臨していたのだ。


 今すぐにこんな愚かな行いを止めるよう説得を行う僕に、彼は一切耳を貸すことは無かった。

 そしてその結果、僕は他の多くの命を救うために彼をこの手に掛けるしか出来ず、救い出した人々からも「お前らが余計な事をしたからだ」と怨嗟の言葉を向けらる事となる。


 この経験の影響で、暫くの間僕は他者を救うことに躊躇いを覚えるようになるが、アヤメの支えなどもありどうにか立ち直ると、ある1つの事を決心することになる。

 それは、いずれ普通の人と魔人化した人が手を取り合い生きていける時代が来るまで、余計な諍いの起こらない場所を作ることだった。

 そのために、僕はアヤメと共に各地を回りながら虐げられている魔人化した人を見付けると救い出し、魔物を駆逐して安全が確保出来た離島へと保護するようになった。

 そうすることで、普通の人々と魔人化した人々が極力接触しない環境を作り出し、新居で自分達の快適な暮らしを確保する事へ意識を向けることで余計な暴走を起こさないように調整しようと考えたのだ。


 その、リヴィアさんにヒントをもらって考えついた作戦はある程度の成果を上げることに成功し、現在ではその島には魔人化した人と、その人々と深い関係の者、家族や恋人などを含めて100人ほどの集落を形成するに至った。

 確かに、全てが順調だったわけでも無く様々な諍いも起こったが、問題が起こる度に僕とアヤメで根気強く解決まで導いたことである程度の信頼を得ることに成功し、気付けば僕らは『魔人の集落を束ねる長』として、いつの間にやら『魔の島を統べる魔王』と噂されるようになっていた。


 こうして慌ただしい2年間が過ぎ、僕達が不在でも島の治安がある程度安定するようになった頃、たまたま米軍基地、正確にはその跡地を探索している時に僕らはその情報に辿り着く。

 基地の通信機器に残された情報に記載された情報は全てが英語だったのだが、例の如くあっと言う間に英語をマスターしたアヤメが読み上げたその作戦名は『超人化計画』と名付けられていた。

 そして、その要となる少年の扱う力についての詳細な記述の中に、確かに『怠惰』と言う文字が出てきたのだ。


 もしかすれば全く関係無い記述だったのかも知れないが、この2年間で初めて手に入れた僅かな可能性に僕らは縋るしか無かった。

 幸い、僕らがこの2年間続けてきた活動のおかげで日本国内の状況はある程度安定してきており、島の治安もある程度は落ち着いてきている。

 だとすれば、暫くの間僕らが日本を離れた所で事態が大きく悪化することは無いだろう。


 その判断から、僕とアヤメは暫くの間拠点としている日本を離れる決心を固める。


 そうして僕らは資料に記載された地、かつては観光地として多くの日本人も訪れていた島、ハワイ島へと訪れたのだった。

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