第20話 刹那の決戦

 ファブニールが塒とする大型商業施設へと向かうため、僕らが住居を出た直後に突如として花火のような派手な火薬の弾ける音が空気を揺らす。


「もしかして、これって・・・・・・」


「音がした方角から考えて、間違い無く誰かがファブニールに戦いを挑んでるんだろうね」


 恐る恐る尋ねる僕に、アヤメは呆れたような表情を浮かべながらもそう答える。

 その言葉を受け、目を凝らして大型商業施設の方角を見れば、ファブニールがその巨体を持ち上げ、その周りにファブニールの魔力により新たに生成された無数の飛龍が空を覆い尽くす規模で出現している。


「マズいね。あそこからファブニールと飛龍以外の魔力を感じない以上、戦闘を行っているのはボクらのような神器持ちじゃ無いだろうし、そうなるとまともな戦闘にすらならずに全滅するよ」


 そのアヤメの呟きを聞いた瞬間、気付けば僕は『風神脚ふうじんきゃく』を発動し、可能な限り全力で駆け出していた。

 僕が駆け付けたところで、どれだけの人が生き残っているかは分からない。

 それでも、少しでも救える命が有るのならば諦めたくない。


 その思いを胸に全力疾走するものの、本来ならここから目的地までは車でも10分はかかる距離だ。

 確かに、今の僕が全力で駆ければ車よりも速くは着くだろうが、それでも数分はかかってしまう。


(誰だけ知らないけど、どうか僕が辿り着くまで無茶をしないでくれよ!)


 焦りを感じながら全力疾走を続けるものの、走り出した時は千以上有った命の気配は既に半分ほどに減りつつ有る。

 更に、そこに追い打ちを掛けるかのようにファブニールから攻撃的な魔力が放出されたのを感じたと同時、突如として吹き荒れた暴風に巻き込まれて残っていた命の気配は既に30以下まで減ってしまっていた。


 そして、その暴風から間髪入れずに再度魔力が集束する気配を感じる。

 どうやら、ファブニールは一気に残りの人達も吹き飛ばすつもりなのだろう。


 だが、どうやらこの一撃にだけは間に合った。

 ここまで近付けば僕の『アイギス』の効果範囲内だ。


 咄嗟に僕は『アイギス』を展開すると、生命の気配を感じる地点に片っ端からその対象を球状に包み込むよう『アイギス』の守りを発動させる。

 刹那、先程より更に魔力の込められた暴風により周囲の建物やアスファルトが宙を舞うが、『アイギス』により守られた地点だけは無風の安全地帯と化す。


 そうして暴風が収まり、同時にファブニールの眼前まで辿り着いた僕は『風神脚ふうじんきゃく』を解除すると、鋭い視線をファブニールへと向ける。


『ホウ、ワレ ヲ ジャマスル トハ。キサマ、ナニモノ ダ』


 直後、前回同様直接頭の中に声が響く。


「名乗るほどの者ではありません。ただ僕は、今から貴方の命を狩る者です」


 その声に、僕は唯々落ち着いた口調で応えるが、心の内では今度こそこの災厄を止めて見せると熱い闘志が渦巻いていた。


『オモシロイ。ナラバ、カクノチガイ ヲ オモイシラセル ノミ!』


 そう告げると同時、ファブニールの体内に先程までとは比べ物にならないほど強大で濃密な魔力が満ちる。

 更に、気のせいで無ければ遙か上空に見えるファブニールの口角が若干上がり、まるで獰猛な笑みを浮かべたかのような錯覚を覚える。


 だが、それらの余計な情報を頭の中から追い出し、今当にファブニールの口から放たれようとしている灼熱の業火にも意識を向けず、僕はただ己の力を抑えることだけに意識を向ける。


 今の僕に出来る事は、『憤怒』の力を使いファブニールと戦うことだが、どう考えても固有術式を解放せずに一部の力を使ったところで3分以内の決着など望めそうに無い。

 かといって、ほんの僅かな時間でも力を完全解放して固有術式を使えば僕の理性が持たない。


 それではどうすれば良いか?


 答えは簡単だ。

 力を制限した状態で固有術式を開放し、その力で一瞬で勝負を掛けるしか無いのだ。


 だが、それでも全ての問題が解決するわけでは無い。


 先ず始めに、先に『原罪』の力に目覚めているアヤメでさえ力のコントロールを行いながらの固有術式発動は成功していない事だ。

 そのため、アヤメは固有術式を部分的に解放する事で対策を取っているらしいのだが、部分開放において生成する悪魔は固有術式で呼び出す悪魔の数百万分の1程度の能力しか持たない上に最大5体までしか呼び出すことが出来ないらしい。


 だからそこから次に出てくる問題点は、たとえ方針を部分開放に絞ったところで、僕の『憤怒』の固有術式《サタン》の能力が純粋な身体能力及び魔力の強化で有る点を考慮すれば、一部開放では『憤怒』の魔力による身体能力の上昇が数倍になる程度の変化しか見込めない点だ。

 それでも、そこまでの能力向上が図られればファブニールを討ち取ることが可能だろうが、それでも3分と言う短い時間ではどう考えても無理だ。

 それどころか、一部でも固有術式の片鱗を発現させることで更に制限時間が狭まる危険性も有る。


 それに最後の問題は、仮にこの危険な賭に勝って力を制限した状態で固有術式の展開を出来たとしても、その反動に僕が耐えられる保証など全く無い。


(普通、この状況で考えれば詰みだ。だけど、あと1つ試せる手が有る!)


 そう、この状況でも僕だけが試す事の出来る手が1つだけ存在する。


 それは、『憤怒』の浸食から僕の魂を『アイギス』を使って守る、と言う方法だ。


 本来、『アイギス』の持つ『絶対防御パーフェクトディフェンス』の対象は、何も物理や魔力による攻撃だけに限らない。

 その対象は毒や幻術、精神攻撃など多岐にわたり、おそらく『憤怒』の反動による魂への浸食もある程度なら防いでくれる確率が高いのだ。


 しかし、それを成功させるためには、自身の魂という不確かな対象を『アイギス』で正確に守る必要がある事に加え、『アイギス』を展開出来る僕の魔力量を考えれば解放出来る『憤怒』の力は1%以下であると言う問題点が存在する。

 それでも、たとえその1%以下の力で有ろうと、数秒でも固有術式を展開出来ればファブニールを討ち取れる自信は有る。


(可能か不可能かなんて問題じゃ無い! ここでやれなきゃ今以上に多くの命が犠牲になってしまう。だから、ここで成功させるしか無い!)


 決意を固め、しっかりと力を制限するイメージを固めながら、僕の魂が有ると思われる体内の魔力が最も濃厚な地点に『アイギス』での守りを発現させ、力を呼び覚ますための言葉を口にする。


「術式展開。我が名において『憤怒』の力をここに解き放つ。我が『憤怒』の炎よ、敵を滅する絶対の力を示せ、来たれ《サタン》!」


 瞬間、途方も無い力が体に満ちると共に、僕の背には漆黒の翼が出現し、その意識は荒れ狂う炎に呑まれたかの如く一瞬で消し飛びそうになる。

 だが、それをどうにか踏みとどまり、僕は真っ直ぐに眼前の敵、僕を見下ろし燃え盛る劫火を吐き出した直後のファブニールへと向ける。


(迷っている暇なんて無い! 一撃で決める!!)


 そうして、背の翼をはためかせて空へと一歩を踏み出した瞬間、強化された僕の肉体は音を置き去りにして眼前の敵へと迫る。


 その間、まるで世界は僕を除いて時の流れが変わったかの如く酷く緩やかな動きを見せる。

 そんな世界で、僕はゆっくりと進む火球を突き破り、そのままファブニールの喉をも突き破る。

 そうしてファブニールの肉体を貫通して僕は、一度その場、丁度ファブニールの肉体の中心となる部分の上空に制止するとそのまま拳を眼下のファブニールの肉体へと振り下ろす。

 すると、僕の拳により撃ち出された空気の圧力がファブニールの背中に達し、そのまま突き抜けて地面へと到達する。


 そして、その衝撃が地面へと達するのとほぼ同時、僕は限界を迎えつつある意識をなんとか保たせながら、《サタン》の術式を解き、なんとか空中にとどまれるように力の一部開放で漆黒の翼を維持する。


 こうして一連の動作が終了した刹那、今まで緩慢だった世界の時間が正常なものへと戻り、それと時を同じくして凄まじい衝撃と轟音が辺りを満たし、同時に恐ろしいほど大量の鮮血が宙を舞ったのだった。

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