第19話 ファブニール
分からない。
自分は何故こんな姿にならなければいけなかったのだろうか?
元々自分が何と言う名前であったのかも今でははっきりとは思い出せない。
ただ何となく覚えているのは、自分が貧しい農村で生まれた末っ子だったことだけ。
それが何処の村の何人目の子供であったのか、更には自分が男か女かさえはっきりとはしていない。
それでも、貧しい家の生まれで体の弱かった自分が親に売られたのだと言う事だけははっきりと覚えている。
売られた先は、とても表沙汰に出来ないような実験を行う研究施設だった。
そこで、自分と同じような境遇の子供達が一堂に会し、様々な投薬実験や改造手を施される為の実験動物として扱われた。
幸か不幸か、同じ頃に集めれてた子供達の中で唯一自分だけはそのどれもを生きて突破し、あの日、最後となる実験に駆り出される事となる。
その実験は、他の施設で生き抜いた子供達と共に奇妙な装置に繋がれるだけと言う、今までの実験とは些か趣の異なるものであったが、死ぬほどの苦しみを味わうような投薬実験も無ければ、麻酔も無しに体を切り刻まれる事も無いため、普段の実験に比べれば格段に楽な実験だとホッと胸をなで下ろしたのを覚えている。
だがそれは大きな間違いだった。
装置が起動した瞬間、自分の体の中に何か得体の知れない力が流れ込んできたと同時、今までに感じたこと無い痛み、苦しみ、恐怖を直接魂に刻まれるような想像絶する苦痛を体験することになる。
あの瞬間、確かに自分の魂は何者かに蹂躙され、圧倒的な力の前に自身の魂が為す術も無く犯され、書き換えられていく恐怖を只為す術無く味わうしか無かった。
その苦痛は、まるで永遠に感じられる程の長い時間続いたように思うが、はたしてそれが数日がかりの長期間だったのか、はたまたほんの数秒の事であったのかははっきりとしない。
それでも、その苦痛の中で何度諦めてこの力に全てを委ねる事で楽になってしまおうと考えたかははっきりとは思い出せない。
それでも、どうしても自分が消えて無くなり、自分で無い何かに置き換わってしまう恐怖が勝り、最後まで自分を捨てる事が出来なかった。
そのおかげか、漸く装置が停止した時、その場に集められた2,248人の子供達の内、人間の姿を保っていたのは自分1人だけになっていた。
「おめでとう。君は新たな人類の可能性を見付けるため、次のステージに進む資格を得た!」
朦朧とする意識の中、白衣を着た男が自分に話しかけてきたことを覚えている。
「さあ、早速完成したばかりの出来損ないの魂を固めて作った神器をこの子の中へ!」
興奮しながら語られた男の言葉の意味を自分は理解出来ない。
それでも、それが碌な宣言では無い事を本能的に感じ取れる。
だが、どれだけ自分が抵抗の意を示したところで目の前の男を止める事は出来ないのだろう。
ふらつく体を無理矢理引っ張られ、今繋がれているのとは別の装置に体が繋がれる。
そして、次の瞬間には途方も無いエネルギーが体の中に満ちあふれ、その力に耐えきれなかった自分の肉体がどんどん異形のものへと造変わっていくのを感じる。
そうして、内に溢れる途方も無い力と自分の魂に無理矢理入り込んでくる数多の感情に苦しむこと3日間、我が肉体は人間とは似ても似つかない、空想上の存在であったはずのドラゴンへと変貌を遂げ、自身の名を失った我が身にファブニールの名称が与えられたのだった。
我が身が
更に、灼熱の火球を放ち、魔力から
だが、我はこれだけの力を手に入れてもなお、あの日出会った白衣の男、他の者からドクターと呼ばれる男に完膚なきまでに叩きのめされることになる。
あの男の強さはもはや人間の域を超えていた。
先ず、戦いが始待った瞬間に魔力により発生させた暴風でやつを吹き飛ばそうとしたが、やつが何をしたのかを理解する間もなく我が巨体は地に伏していた。
この者には敵わない。
もはやどう足掻いても我はこの者の手駒として使われる以外に生きる術が無い。
そう本能的に理解した我は、その後もこの男の行う実験に唯々黙って身を委ねるしか無かった。
そうして更に幾何かの月日が流れたある日、施設で大きな騒ぎが起こる。
何と、最奥に設置されている重要研究施設から1人の少女が脱走したのだと言う。
その際に、幾つかの施設が被害を受けて管理されていた魔物の多くが脱走し、更に幸運な事にドクターが負傷した影響で施設の防衛戦力に大幅な打撃を受けていると言うでは無いか。
それにより、各施設の力を持った者達がこの機に乗じて脱走を始めているという。
これは好機だ。
これを逃せば我はこのまま一生この箱庭で実験動物として飼われ続ける事になる。
そう判断を下した我は、力により我を縛る
だが、その際に何故か我は無性に、その最初に脱走を成功させた少女を追わなければならないと言う衝動に駆られる。
正直、戦う気など毛頭無い。
当然だ。
我が太刀打ち出来なかったドクターに手傷を負わせ、脱出に成功しているような化物に我が太刀打ち出来る道理など無い。
それでも、何故か分かる少女の魔力を追って、我は出来る限りの下僕を従えて日本を目指した。
そして、そこに上陸したことで当初の目的を達成した我は、一先ず我に攻撃を加える邪魔な奴らを尽く蹴散らしてやる。
そうやって弱き者どもを駆逐しながら、唐突に我はある事を閃く。
そうだ、この力が有れば我をこのような姿にした憎き人類に相応の報いを加えることが出切るでは無いか、と。
ならば見せてやろう。
愚かな人類に我と言う圧倒的力の恐怖を。
そして思い知らせるのだ。
我をこのような姿に変え、その切掛となる我らのような不幸な子供達を生み出した世界に。
そのために、我は施設から脱して消耗を繰り返していた魔力を回復させるためにもこの地に暫く留まる事を決断する。
その途中、何度か我を打ち倒そうと武力を持って抵抗を繰り返すゴミ共がやって来てたが、近代兵器程度の力では下僕は倒せても我には傷1つ付ける事は叶わず、それを殲滅するのは欠伸が出るほどに退屈な作業であった。
確かに一度だけ、昨日やって来た何者かが我が休息を取っている際、この肉体に傷を付ける事が出来たようだが、それも少し力を込めて風を起こしてやれば難無く払うことが出来る程度の障害でしか無かった。
もはや誰も我を止める事など出来ない。
幾度と無く意味も無い攻撃を繰り返すゴミ共を始末し続けたところで、後数日もすれば我が魔力は完全に回復するだろう。
そうなればいよいよ、我の復讐が幕を開けるのだ。
手始めに、この非力な戦力しか有しない島国を滅ぼして見せよう。
そのような事を思考していると、再び懲りずに我を倒そうと近代兵器を揃えたゴミ共が我の周りに群がってくる。
その規模は今まで一番大規模ではあるものの、大砲やミサイル程度では我が表皮にかすり傷すら与えることが出来ず、況してや手に持つ矮小な銃器程度では我が下僕すら碌に振り払えないだろう。
証拠に、迎撃に出た我が下僕によりゴミ共は次から次へとその数を減らしていく。
そうして、決死の覚悟で運んできた兵器も、我が表皮を碌に削ること無く弾を撃ち尽くしている。
ああ、人間とは何と愚かで弱い生き物であるだろうか。
これが、こんなモノが我れの元になっているのかと嘆かわしくなってくる。
軽く魔力を放出し、そよ風程度の威力で放てば、我を取り囲むように布陣したゴミ共は木の葉のように散っていく。
こんなモノに時間を割くのも煩わしい。
そう判断した我は、残りのゴミも一気に払えるよう、先程よりも多少多めに魔力を放つ。
そうして放たれた風は、残りの30に満たないゴミ共を一息に吹き飛ばすはずだった。
だが、その風は突如現れた大きな力により遮られ、残ったゴミのただの1つも吹き飛ばすことが叶わなかった。
『ホウ、ワレ ヲ ジャマスル トハ。キサマ、ナニモノ ダ』
我は魔力による念話を通じ、辺りに存在する人語を解する生命全てに声を掛ける。
「名乗るほどの者ではありません。ただ僕は、今から貴方の命を狩る者です」
静かな口調で告げられる強気な発言に、知らず我の顔には笑顔のようなものが浮かんだ気がした。
『オモシロイ。ナラバ、カクノチガイ ヲ オモイシラセル ノミ!』
咆吼と共に我は魔力を解放する。
相手の力量は分からないが、感じる魔力量は我とは比べ物にならぬほど矮小だ。
それであれば、我がこのような小さき者に負けるわけが無い。
その自信の元、我はそのその少年を蹴散らすために技を放つのだった。
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