第36話 そうだ。京都でお見合いをしよう

 二八二五年八月十八日。

 日本の京都は真夏日よりで、太陽の日差しは容赦なく街に降り注いでいた。それでも紫外線や湿度は管理されいるので、生活するのに不自由無く過ごしやすくなっている。木造の日本家屋が並び、透き通った川から心地よい音が聞こえる。緑豊かな木々から蝉の声も重なる。その風景は情緒溢れ人々の心を鷲掴みにした。

 とある日本家屋の一間に小柄な女がいた。その女は赤い紅葉をあしらった浴衣を着ている。サラサラとした黒髪。白雪のような肌。美に対する努力の結晶がそこにあった。八年前、ナイフとフォークの扱い方に苦戦していた少女はもういない。

 正座をしている女の向かいに、同じく正座をしている男がいた。二人は机を挟み座布団の上で正座をしていた。

 男は青と水色のブロックチェック柄の浴衣を着ている。体格のいい男は普段着慣れていない浴衣を着こなしていた。日の光は二人の気まずさを炙り出す。男は黙り込み女も口を開かない。


 女の名前は和宮萌香。

 世界に七人しかいない純血の日本人の内の一人で、生まれや血筋に誇りを持っている。向かいにいる男は、この時代唯一の純血の日本人男性。萌香は待ちに待った日本人男性との結婚を果たしたのだ。

 萌香の待ち望んだ状況なのだが、彼女は不機嫌だった。

 この結婚は事実婚で正式なものではなく婚姻関係は一か月間。

 しかも男が選んだ女性の中で一番最後、尚且つ期間も一番短い。

 悩ましい。この悩みをどうすべきか。萌香は頭を抱えた。

 視線を男の方へと移す。

 男は目を合わせない。

 萌香はじろじろと男を見る。四か月前に比べて体つきが逞しくなっている。浴衣から見える胸板は厚く、女の視点はそこで止まった。

 「マジパネェ筋肉」と萌香は心の中で思った。ちらちらと見える大胸筋から目が離せない。まさか自分の胸より大きいのではないかと不安になった女は自分の胸を触り整えた。

 

「ちょっと二人共、お見合いやる気あるんですか!?」

 

 無言の二人がいる八畳間に華やかな女が入って来た。桃色と白を基調とした控えめな柄の着物。オレンジベージュの髪の色とよく合っている。透明感のある肌。艶のある唇。着物で隠しきれない、ふくよかな胸。存在が色気で出来ていた。

 「色気のバーゲンセールやっ!」と萌香は心の中で思った。

 

 色気のバーゲンセールの名はヴィーナ・トルゲス。

 本日ヴィーナはお見合いの仲介件、萌香の母親役で呼ばれていた。男はヴィーナに見とれている。何を思ったのかそっぽを向く。萌香はその視線の動きを見逃さなかった。この色気では無理もない。 

 男の目にヴィーナが大人の女性と映るなら萌香は小娘あたりか。

 ヴィーナはアメリカ人だが、エキゾチックな顔ではなくいわゆるKAWAII(かわいい)タイプ。日本人受けする顔だった。男はヴィーナに気がある。萌香は覚った。私だって努力してきたのにと悔しさが滲む。萌香はスマホを取り出して高速で打ち込んだ。ヴィーナの帯に挟んであったスマホが鳴る。ヴィーナは内容を確認した。「お見合いはやめます。そもそも結婚しているのにお見合いだなんて可笑しいですよね。やってみたかっただけですが。てへぺろ」と表示されていた。


「直接言って下さい! 二人共怒ってるんですか? 私が謝ればいいんですか? 答えて下さい!」

 

 萌香はまた高速でメールを打ち込んだ。

 今度は男のスマホが鳴る。

 メールではなく非通知の電話だ。

 男は何気ない表情で電話に出た。


『おいっテメェ! お姉ちゃんを困らせたら絞め殺すぞ!』

 

 電話の声は萌香の耳にまで届いた。

 萌香がメールをした相手はヴィーナの妹であるソフィア。

 ソフィアが姉ラブなのは下調べ済み。

 ソフィアの怒号に、男はスマホを耳から離した。


「すみません、失礼しました……」

 

 男は電話を切った後、スマホの電源を落とした。


「萌香さん、街でも散歩しましょうか」

 

 男の声は優しかった。

 その優しさの中には哀愁があった。

 そんな男の様子を見て、萌香はイタズラしたことについて申し訳なさを覚えた。

 

 黄昏時。

 三人は石畳の上を歩いていた。そこに心地良い風が通り過ぎる。萌香とヴィーナの髪が風に揺れた。

 萌香は男の後ろを一歩下がって歩いた。男とヴィーナの並んで歩く姿は絵になった。小柄な萌香と体格のいい男では凸凹になる。不釣り合いだ。萌香の頭の中はもやもやで溢れた。メンズ・オークションに出れば全てが上手くいくと思っていた。絶対に私が結婚相手に選ばれると、そう思っていた。蓋を開ければ最下位みたいなもの。泣いた。死ぬほど泣いた。その号泣動画は全世界に配信された。恥ずかしくて実の母と距離を置いた。四か月後、結婚生活が出来ると聞いても嬉しくなかった。これは一時的なもの。男の血筋と容姿には惹かれるが、ただそれだけ。

 ワガママを言ってヴィーナを呼んだのは確かめたいことがあったから。メンズ・オークションの終盤、男はヴィーナを見て何かを言おうとしていた。男がヴィーナに気があるのは、お見合いの時の視線で理解した。男を我がものにするには、この色気のバーゲンセールに勝たなくてはならない。同じ二十六歳。年齢による差はない。ボディガード姉妹には暇を与えた。余計な邪魔は入らない。落ち込んでいる場合ではない。チャンスは今しかない。萌香の中で戦いのゴングが鳴った。

 

「あの、ゆきひこさん」


「ゆきひとです」


 「クッソ出落ちしちまった!」と萌香は心の中で叫んだ。

 男の名前は大桜ゆきひと。萌香はそれを知っていたにも関わらず、テンパって間違えてしまった。


「……すみません。何処か行きたい場所はないですか?」


 ゆきひとは考える。


「俺、今めちゃくちゃ……脱毛がしたい」

 

 萌香は足を止める。

 ヴィーナも困惑している。

 京都に来て、情緒溢れる景色があるのに。

 ここで脱毛?


「ゆきひとさんは脱毛がお好きなんですか?」


「そうゆう訳じゃないけど……ベスト・ワイルド・ジャパンの大会前には必ず毛を剃るし、脱毛は習慣になってるから、そろそろしたいかなって。……脱毛はお嫌いですか?」


 男にとって脱毛は生活習慣の一部なのだ。

 発言に恥じらいがなく、堂々としている。


「いえ、そんなことはないですよ! ……ですよねヴィーナさん」


「えっ? ……ええ、行きましょう。脱毛サロン」


 こうして三人は脱毛サロンへと行くことになった。

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