第28話 創造せし母は青春を終える
被告側証人尋問。
「今まで黙秘を貫いてきたデュラン氏ですが、今回の一件について真相を話したいということなので、証人としてお呼び致しました。……先ほど言葉にしにくい映像が出ましたが、実際にVRソフトを使って不倫をしていたのは事実ですか?」
ナポレオーネは悩みながら言葉をひねり出していた。分が悪いことは重々承知の上で話を進めている。もはやデュランの発言に懸けるしかないという状況で、ナポレオーネの額から汗が噴き出していた。
「VRソフトの映像は事実ですが……僕は不倫をしていません」
「……それでは、あの映像は一体どういう状況なのでしょうか」
「あれは練習です。これから不倫をする必要があったので」
デュランの発言に法廷の空気は混沌に包まれた。裁判長のマリーは言っている意味がわからず考え込み、質問しているナポレオーネも戸惑っている。
「何故これから不倫をする必要があったのですか?」
「去年の十一月にトロワ様から……」
デュランの発言にトロワの表情が一変する。
「待ってっ! どういうつもりなの!? 不倫した挙句に今更否定するなんて!」
トロワが激高し法廷は騒然となるが、デュランは黙ってトロワを見つめた。
「先ほども言いましたが、僕は不倫をしていません」
「異議あり」
オネットは手をあげる。
「先ほどの映像が不倫の練習と言っても、不倫したことには変わりないのでは? 練習だからといって不倫していいことにはなりませんよデュラン殿」
「異議を認めます。私も同意見ですが、デュラン氏の意見をトロワさんがさえぎったようにも見受けられました。デュラン氏は真相とやらを簡潔に述べて下さい」
マリーの一押しにトロワは唇を噛む。
デュランは視線を法壇に移した。
「僕はトロワ様に不倫をするように言われました。僕に飽きたご様子で離婚をしたかったのだと思います。ヴァーチャルダーリンと離婚をするには、深刻なバグかAIが不倫をするしかない。そこで僕はアンサリー様を利用し不倫の練習相手になって頂きました。本気にさせてしまったのでしたら申し訳ないと思っております。……つまりこの一件は不倫冤罪なのです」
「異議あり。デュラン殿がそう言われてもアンサリーさん本人は認めているので不貞は覆りません。頑なに不倫をしてないことを主張しているのも罪を軽くする為では? 不倫を認めた場合、人権をはく奪され、更にデリートされることはご存知でしょうし」
「アンサリー様と不倫だなんてありえませんよ。僕を創作した方ですよ。僕にとってアンサリー様は「母親」です」
「……母親ですか」と裁判長のマリーは呟く。ヴァーチャルダーリンとクリエイターの関係性については定義が存在しない。男女間の恋愛関係ではなく、母親と息子の関係と言ってしまえばそれはそれで理屈は通る。
「トロワ様にお願いがあります。今回の一件……母と和解して頂けませんか?」
「ふざけないでっ! 私が「不倫をしろ」と言ったかもしれない。でも、だからって不倫していいことにはならない。あの時はナーバスでセンチメンタルな気分だったの。そう、ただの勢いよ。全部不倫した貴方達が悪い! 何が母親よっ!」
「僕のAIが制作されたのは三年前です。僕はまだ三歳ですよ」
「貴方の年齢設定は四十五歳ですっ!」
ナポレオーネは手を上げる。
「発言してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」と言ったマリーの顔は笑っている。
ブログのネタになると顔に書いてあった。
「トロワさんが不倫をしろと言ったのは事実でしょうか。ヴァーチャルダーリンに不倫を強要するのは、結婚契約において重大な規約違反です」
「なっ」
口籠ったトロワに、デュランが追い打ちをかける。
「もし和解して頂けれるのであればトロワ様の望み通り離婚は致します。ですが和解して頂けないなら、僕はトロワ様を「名誉棄損」「精神的苦痛」「不倫強要」で訴えます」
「データの貴方が私を訴えるっていうの!?」
「ええ、そうです。僕にはまだ人権がありますから」
笑いを堪えているマリーは手を上げ会話を止める。
「AIが既存の女性を訴えるとなると、これまた初めてのケースになりますね。原告側弁護人はどうお考えですか?」
「トロワ殿、ここは和解しましょう」
「ちょっと何言ってるの? 貴女負けないって言ってたじゃない!」
「負けではありません。和解です」
「元はと言えば、貴女がデュランに証言させるからこんなことになったんじゃない!」
「此方が不利になったのは、トロワ殿が不倫強要を証言した事が原因です。自分に落ち度はありません!」
オネットは平然としている。ゆきひとから事前にデュランの話を聞いていたオネットは、証言内容を予測していた。最初から和解で解決するつもりだったのだ。原告側でそのことを知らないのはトロワだけだった。
「もう勝手にして! そのかわりたっぷり和解金ふんだくってよねっ!」
そう言ってトロワはVR裁判を途中放棄し、ログアウトしていった。
「裁判長。デュラン殿に対して反対尋問を行いたいのですがよろしいでしょうか」
「許可します」
オネットはゆきひとの方を見た。
「反対尋問はゆきひと君に任せた。今回ゆきひと君がいなかったら、このような展開に持っていくのは難しかった。デュラン殿の本心を引き出せるのはゆきひと君の方だと思う。だから頼む」
「俺がですか……?」
ゆきひとは、証言台のデュランとアンサリーを見る。アンサリーは不甲斐なさと居た堪れなさに胸を痛め泣いている。デュランはそんなアンサリーをただ黙って見ていた。この息子と母親が本音で話し合える場所は、きっとこの法廷が最初で最後だ。ゆきひと自身は親子でわかり合うことが出来なかった。でも、だからこそ、この二人の関係を修復することが出来るなら力になりたい。自然とそういう気持ちが湧いていた。ゆきひとは頭をこねくり回して言葉を探したが、どう言葉をかけていいのかわからない。ここは考えるよりも思ったことをそのまま口にした方がいいと、そう感じとって話し始めた。
「……デュランさんに質問します。昨日俺に恋人をとるか家族をとるかと尋ねましたね。アレはどういう意味ですか?」
「そのままの意味ですよ。恋人は妻であるトロワ様。家族は母であるアンサリー様。結果的に母親を選んだことになりましたね」
口を開くデュランの表情は暗い。
「母親の方を選んだは何故ですか?」
「……僕は元々妻になる人を愛するようにプログラムされており、この作られた感情が本物だと思っていました。ですから妻の言われた通り、不倫をして、離婚をして、人権をはく奪されて、デリートされて消えることがトロワ様の為だと思っていました。ですが、不倫で裁判沙汰になればアンサリー様はクリエイターとして生きてはいけなくなります。そんな風に悩んでいる時に、ゆきひと様達が僕の前に現れました。きっと、あの質問でゆきひと様に家族と答えてほしかったのかもしれません。血の繋がらない母親ですが……。ゆきひと様に言われて気が付きました。恋人や母親、そんなことは関係無しに、僕にとってアンサリー様は大切な存在だと。このような形で終わってほしくはなかったのです。だから僕は証言台に立とうと決めました」
「つまり今回の不倫疑惑は、デュランさんがトロワさんに不倫をするように言われ、その練習相手に母親であるアンサリーさんを利用した。アンサリーさんにとって本来であれば不倫冤罪になる所を、アンサリーさんは本気になってしまい認めてしまった。……という解釈でよろしいでしょうか」
「そのように思います」
「最後に質問と言うか、お願いがあります」
「何でしょうか」
「アンサリーさんに今の本心を伝えて下さい」
「……かしこまりました」
デュランはアンサリーの前で屈む。
「アンサリー様、顔を上げて下さい」
「ごっ、ごめんなさい。私がダメダメなばっかりに……」
アンサリーの頬を伝う涙を、デュランは人差し指で優しく拭いた。
「このような結果になって申し訳ありません」
今まで感情穏やかで表情が一定だったデュランだが、感極まってか言葉に詰まった。その悲しさ、無念さは、作られた感情やグラフィックスでも胸に伝わってくる。デュランは震えた唇を抑え込み笑ってみせた。
「母さん……僕を創作して下さってありがとうございました……」
アンサリーの瞳から涙がポロポロと溢れ出るように流れていく。「ありがとうございました」という言葉には別れの意味も込められている。アンサリーはデュランの太く引き締まった腹部にしがみつき、わんわんと泣いた。溢れ出る涙はVR空間内に水玉となって宙に浮かんだ。その涙はデジタルではあるがアンサリーにとっては本物の涙だった。
アンサリーが泣き止むまで、デュランは頭を撫で続けた。
何度も。
何度も。
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