第27話 VR(ヴァーチャルリアリティ)裁判開廷

 裁判当日。正午。

 ゆきひとはオネットのマンションにいた。

 オネットはテーブル上の資料内容をPCに打ち込んでいる。外出する気配は無い。痺れを切らしたゆきひとは、何処の裁判所で争うのかオネットに聞いた。するとオネットは、別室から機械仕掛けのゴーグルを二セット持って来た。


「何ですかこれ」


「VRゴーグルだ」


「それって……もしかして」


「法廷はヴァーチャルリアリティ内で行われる。通称VR裁判だ」


 最初にVR裁判が行われたのは二五〇〇年代の裁判大国アメリカ。時間のかかる裁判の回転率を高める為、民事訴訟限定で導入された。

 二七〇〇年頃から現実世界の法廷は刑事裁判、VRの法廷は民事裁判と完全に二分化される。AI弁護士が生まれたのもこの頃だ。

 VR裁判のメリットとして時間と場所を選ばない。民事限定のAI弁護士を利用出来る。逆恨など報復を防ぐという意味で、裁判官、及び弁護士は自分と似ていないアバター(ユーザーの分身となるキャラクター)を使用することが出来る。

 デメリットとして感情的になった原告、被告、証人が勝手にログアウトするケース。その場合、裁判長の心証が悪くなることを含め、様々なペナルティがある。


 肝心の裁判が行われるのは午後五時。

 オネットは裁判が始まる前に、裁判長の人柄をゆきひとに説明した。

 裁判長は「止めないマリー」こと、ソプラノティ・ネット。原告、被告、証人を徹底的に争わせ証言を止めない。元々傍聴マニアだったが、証言を止める裁判長に不満を持ち、自ら裁判長になった。影響力のあるブロガーとしても知られ、ハンドルネームはマリー・トコトコネット。使用するアバターは、もちろんマリー・アントワネット似の少女だ。


「見た目は少女でも中身は大人のお姉さんだから粗相のないようにな」


「お、おう」


「ゆきひと君のアバターはセラちゃんがセッティングしてくれた。問題無い」


「セラちゃんとクレイは今何処に?」


「フリージオ殿の邸宅から傍聴するそうだよ」


 VR法廷内の傍聴人数制限はアバター三十人。

 動画視聴は最大で百人。

 視聴人数は少ないが、関わっている人数に比べてこの裁判は注目されていた。

 ヴァーチャルダーリンの不倫裁判でクリエーターを訴える初めてのケース。そしてマルチタレントとして有名なフリージオ王子も関わっていることが要因になっている。ゆきひとの手は何時の間にか汗で滲んでいた。

 

 開廷三十分前。

 ゆきひととオネットはソファに座りVRゴーグルを被る。

 

「使い方は覚えたかい? ダーリンッ」


「も、もちのロンだぜ」


 ゆきひとは突然のダーリン発言に戸惑いながら、ヴァーチャルリアリティの法廷へとダイヴ。青い光に包まれながら敏腕弁護士と共に入廷した。

 そこは白を基調としたエリアで、法壇、法壇の向いに傍聴席、傍聴席から見て左側が原告席、右側に被告席がある。ゆきひととオネットは原告席にいる。

 ゆきひとの視線の先には、被告であるクリエイターのアンサリーとAI弁護士のナポレオーネが会話しながら待機していた。

 アンサリーは実際に会った時と同じ見た目のアバター。

 ナポレオーネはVR空間内で体を得ており、ソーシャルゲームでガチャを回すと出てきそうな見た目をしていた。細身ながら胸板が厚く、Yシャツの第二ボタンを外して強調している。

 VR裁判での服装、身だしなみは自由だ。


 傍聴席からゆきひとに向けて手を振っている少女がいる。セラだ。

 ゆきひとはセラに気が付いて小さく手を振り返す。

 セラの隣にはクレイが腕と足を組んで座っている。

 数分が経つと、傍聴席は一席を残して二十九人のアバターで埋まった。

 原告のトロワも入廷。

 そして法壇には「止めないマリー」こと、裁判長のソプラノティ・ネットが入廷した。事前にオネットから聞いていた通り、マリーアントワネット(ベルばら)似のアバターだった。


「開廷五分前ですね。まだ一席空いているようですが」


 マリーの発言と共に空席が光り輝く。


「オーホッホッホッ!」


 現れたのは圧倒的存在感を持つ女だった。月のような長いブロンドの髪を泳がせ、瞳はアゲハ蝶のアイマスクで隠している。その上、七色の光を放つ六枚羽が更に存在感を圧倒的なものにしていた。うるさい。いるだけでうるさい。存在しているだけで騒音を放っている。


「皆さーん! ワターシの名前はLLLリーダーのっ……」


「静かにして下さるかしら」


「まだ自己紹介終わってないんですけどぉ」


「服装は自由ですが、その七色に発光する装飾アイテムを外して下さい。気が散るので」


「そんなことよりーコンドォーLLLのパーティがあるので、ノンストップマリーさんもご出席いかがかしらー?」


「人の話を聞かないなら、法廷から出ていってもらいますが」


「んもぉ、つれないっ! つれないっ!」


 突然現れたLLLリーダーのリリーに法廷は騒然としたが、裁判長のマリーが押さえつけた。リリーは仕方なく七色に輝く装飾アイテムを外す。

 第三回メンズ・オークションで日本SWH社長ヴィーナと討論を繰り広げたリリーも法廷内では形無しだった。この空間のボスはマリー。よくわかる光景が傍聴席で展開された。

 リリーが何をしに来たのかはわからない。発言からして、影響力のあるブロガーの裁判長を勧誘しに来たのかもしれない。リリーの存在感が薄れた所で開廷の時間になった。


「それでは原告側主張、アンサリーさんによるヴァーチャルダーリン不倫疑惑に対するVR裁判を開廷致します」


 原告側証人。

 原告側のドアから華やかな香りと共にフランス王子のフリージオが入廷した。

 有名人の登場に傍聴席は騒めいた。

 証言台に凛と立つフリージオ。

 オネットは裁判長のマリーを見て発言をする。


「数日前にフリージオ殿の邸宅に、被告のアンサリーさんが招かれたという件があり、フリージオ殿の視点から今回の裁判についてお聞きしたいと思います」


 ナポレオーネは手を上げる。


「異議あり。原告側は無駄に裁判を長引かせようとしております」


「異議を認めます。原告側の意図が読めません」


「実はですね。今回フリージオ氏の邸宅で不倫に関する証拠映像を入手しました。証言の後に提示しよう思っていたのですが」


 オネットの「証拠」の発言に、被告のアンサリーは心当たりがなかった。何より気になるのはフリージオ王子が原告側についていることだ。

 「証拠」発言に首を傾げたのは裁判長マリーも同様だった。


「証拠があると言うなら個人的に見たいですが、被告側は拒否出来ます。どうしますか?」


「フリーシア王女の……」


 ナポレオーネの発言にフリージオはムスッとした。


「……失敬。フリージオ王子の邸宅にデュラン氏とアンサリーさんが鉢合わせていないのに証拠映像を捉えるのは不可能でしょう。でっちあげの可能性があります」


「僕がそんなことをすると思うのかい?」


 両者一歩も引かない。そんな中、恐る恐るアンサリーは手を上げる。


「……フリージオ様にお尋ねしたいことがあります。よろしいでしょうか」


「許可します」


「フリージオ様は当社の筆頭株主なのに何故原告の証人についているのですか? こちらのイメージ低下は免れません。証拠については心当たりがないので公開してもいいですが、その前にフリージオ様の気持ちをお伺いしたいです」


「僕はね、この裁判どちらが勝ってもいいと思ってるんだ。単純に真相が知りたいだけなんだよ」


 アンサリーは初めてフリージオに恐怖した。本心と思われる言葉を聞いたにも関わらず、本当のことを言っているのかどうか、その笑顔の表情から見てとれないからだ。アンサリーに証拠映像の公開をするかしないかの選択肢は最初から無かった。仮に映像の公開を拒否して、フリージオに株を売却されたら裁判に勝っても会社にはいられなくなる。フリージオは敵に回してはいけない男子だった。

 アンサリーは落ち込みながら映像の公開を承諾した。

 オネットは大事なポイントを通過したことに胸を撫で下ろした。


「今回証拠として使われたのは、イメージシアターです!」


 アンサリーはハッとした表情で顔を上げる。イメージシアターという言葉を聞いたことはあるし、現物を見たこともある。現物を見た時は、床や天上が星座のような映像で満ち、そのシーンから体内のナノマシンにリンクして自身のイメージがARで表れた。だがフリージオの邸宅で星座の前兆現象は無かったし、そもそもイメージシアターが証拠とし認められるのかをアンサリーは知らなかった。

 アンサリーはとっさにナポレオーネの方を見る。ナポレオーネは頭を掻きながら苦い顔をしていた。

 原告側のオネットは指を鳴らす。証拠映像放映の合図だ。

 辺りが暗くなり法廷は一瞬にして黄昏時の浜辺へと変貌を遂げた。


「この映像は現実世界では無く、アンサリー殿がVRソフトを使って体験したものと思われます」


 証拠映像はVR空間内全体を通して映し出される。波間に証拠映像のアンサリーが現れた。アンサリーは黒いワンピースに日傘を差し波間に足を入れている。

 アンサリーのそばには、海パンのデュランがいた。


 VR空間内なので全身の体がある。映像の二人はエロワードしりとりという高度なプレイを楽しんでいた。放送禁止用語を連発し法廷はエロ用語で包まれた。傍聴席のクレイはとっさにセラの耳を塞ぐが間に合っていない。アンサリーが負けた所で、デュランはアンサリーを後ろから抱きしめる。そこで映像は途切れた。


「前もって言っておきますが、フリージオ殿の邸宅に設置してあるイメージシアターで撮られたものです。映像は別室で流れるシステムでそこで保存致しました。空想設定はオフにしてあるので、アンサリー殿が実際に体験された事は間違いない。つまり、このイメージシアターの映像は証拠として認められます」


 元の白い法廷に戻る。アンサリーの頭も真っ白になっていた。その後でパニックが訪れる。今ここでどうすればいいのか。誤魔化したらどうなるのか。炎上するのだろうか。賠償金はいくらになるのか。会社をクビになるのか。今まで不倫をした人間の末路はテレビで見て来た。アンサリーの考えが一つにまとまっていく。ここは素直に謝った方がいいと。


 アンサリーは証言台の前に行き、原告席に向かって土下座をした。


「自分の創作キャラと不倫して申し訳ありませんでしぃたぁあああぁぁああぁ! うわぁああああぁぁぁぁぁぁあ!」


 この土下座を見た原告のトロワは口を押えて俯く。震えて泣いているようにも見えるが目は笑っている。その様子をフリージオは横目で見ていた。


 ナポレオーネは手を上げる。


「映像が流れて……なんですが、此方から証人を申請してもよろしいですか?」


「映像証拠もあるし本人も不倫を認めている。もう判決は決まったようなものだけど……」


「裁判長!」


 元気よく手を上げたのはオネットだ。


「自分からもその証人の出廷をお願いします」

 

 オネットの発言にトロワは顔を上げる。


「ちょっと待って。もう結果はわかりきってるじゃない」


「トロワ殿。もう自分達が負けることはありません。最後の悪あがきぐらい許してあげましょう」


 トロワは渋々承諾。

 フリージオは傍聴席側に移動した。

 

 被告側のドアが開く。

 被告側証人として現れたのは、原告のトロワの夫であり、被告のアンサリーの不倫相手とされるヴァーチャルダーリンのデュラン。スーツのデュランはゆっくりと証言台に足を運んだ。VR空間内の英国紳士の体は百九十センチあり、がっしりとした体形は威圧感を放っている。

 原告側のゆきひととデュランの目が合う。デュランは少し切なそうな顔をして微笑んだ。土下座中のアンサリーも法廷の空気が変わったことに気が付く。不意に証言台を見上げると、そこには巨漢の英国紳士が精悍な顔つきで立っていた。

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