第13話 三つ巴女帝行進曲

 パフォーマンスを見ていた女性達は血湧き肉躍る演技に興奮冷めやらなかった。

 その熱はネット中継にも表れ、動画のコメント欄は文字で溢れかえっていた。


『お疲れ様です』

 

 光学迷彩で隠れていたヴィーナが現れ、ゆきひとの体をタオルで拭いた後に投げ捨てられていたパーカーとサングラスを渡した。ゆきひとはパーカーを羽織りサングラスをかける。


『とても素敵でしたよ』


 そう言いながらヴィーナはニッコリと微笑んだ。


『あ、どうもありがとう』

 

 ゆきひとは頭を掻いてナノマシン通信で返答した。

 ついヴィーナの笑顔に見とれてしまう。


『……後は三人の入札者のステージを見てから質問タイムに移ります。そして結婚相手を選ぶだけです』


『そうですか……』

 

 ゆきひとは浮かない表情を見せた。無心状態の心に言いようのないやるせなさが広がっていた。

 ヴィーナはゆきひとが使っていたマイクを手に持ち会場全体を見渡す。


「皆さん! こんにちはー!」

 

 観客席の彼方此方から「こんにちはー!」と返ってくる。


「配信を見てる皆さんもこんにちはー!」


 巨大スクリーンに配信を見ているオーディエンス達からの「こんにちは」のメッセージが嵐のように流れた。ヴィーナはメディアやCMに露出することが多々あり、進行役には慣れていた。


「あはは……皆さん元気がいいですね。私は今回のメンズ・オークションの最高責任者を務めさせて頂いているヴィーナ・トルゲスです。前回のイベントに参加されていた方は不安に感じられたと思いますが、今回は無事に終われそうですね」

 

 笑い声が上がる。


「ここからは三人の女達の争いも見所の一つになると思います。司会進行は引き続きパステルさんにお願い致します」

 

 スカイパージに乗って空中浮遊しているパステルは頭にピースサインを乗せる。


「お任せください!」


 ヴィーナは大きく息を吸い込んだ。


「それでは皆さん、最後までイベントを楽しんでいって下さいね!」

 

 観客席から拍手と声援がステージに送られた。

 ゆきひともつられて拍手を送る。何時の間にか汗も止まり呼吸も整っていた。


「それでは皆さん! 司会進行役は再びこのパステル・パレットが務めさせて頂きます!」

 

 当初は気が重かったパステルもとびきりの笑顔で進行をした。

 スカイパージの操作もすっかり慣れている。


「それでは三人の女帝達カモーン!」

 

 古の戦場を思わせる情熱的な音楽が爆音と共に会場に降り注ぐ。青、黄、赤のスポットライトが不規則な円を描き観客達を照らした。この三色は入札者達のイメージカラーでもある。会社側が入札者を人選した第一回メンズ・オークションの時とは違い、第三回メンズ・オークションは異なる方法で選ばれている。最初に登場する入札者は単純明快でこのイベントに支払った最高額の女性。他の二人は二八二四年に販売された結婚宝くじの当選者達だ。今回選ばれた入札者の三人は資産と幸運を兼ね備えた才色兼備の女性達なのである。


 その内の一人が、北側奥の昇降機から姿を見せる。スチームが湧いて一人の大柄な女性が左手をしなやかに上げてポーズをとった。


「エントリーナンバー一番! アラブの女帝、タンナーズ・ライオネルさんの入場です!」

 

 現れるはアラブの黒真珠。宝石の散りばめられた黄金の水着にダイナマイトボディが弾けんばかりとムチムチしている。レースはスチームの風に揺れ、自慢のロングヘアーは鞭のようにしなる。大型スクリーンにタンナーズの艶やかな表情と名前のカットシーンが入り、タンナーズはランウェイを歩いて行く。歩を進める度に胸部の巨大水風船がヨーヨーで遊んでいる。淫らな弾みはネット中継のカメラに収められた。ランウェイは電光掲示板になっており、雄ライオンの模様をした光が女帝を乗せて同時に進む。それらに合わせて会場からタンナーズコールが巻き起こった。女帝はこのイベントで馴染みの存在なのだ。


「メンズ・オークション唯一の皆勤賞! その弾丸ボディは男も女もお構いなしに求めてる! 全身から放つ黄金の光は同じ女も魅了する。このイベントを愛し、お金は全く惜しまない。石油は底を尽きたが資産は底無しだー!」

 

 タンナーズはピラミッドの台座に堂々と腰を下した。


 東側奥の昇降機からスチームが湧いて一人の小柄な女性が登場する。


「続いてエントリーナンバー二番! 日本の姫君、和宮萌香さんの入場です!」

 

 現れるは日本の気高き女性。サラサラショートの黒髪。紅に染まる楓模柄の着物を着こなし凛とした顔で前を見据えている。大型スクリーンには何事にも物怖じしないと言わんばかりの表情が映っていた。着物の女性は腹部に両手を添えてランウェイをゆっくりと進む。足元の電光掲示板は火の鳥が舞い炎で彩られた。硬い表情からは今回のイベントに対する意気込みの高さを伺わせる。


「世界に七人しかいないと言われる純血の日本人の一人。日本を愛し、伝統を愛し、血筋を愛してきた。今回のイベントの為に各国の結婚宝くじを買い占めたという。意気込みはどの参加者にも負けない! 内なる闘志と情熱を燃やす世紀末の姫君だー!」

 

 紅葉柄のソファに一輪の花が佇む。


 西側奥の昇降機からスチームが湧いて一人の細身の女性が登場する。スチームに驚いて少し態勢を崩した。会場の熱気は三人目の登場でよりヒートアップする。


「ラストを飾るのは、エントリーナンバー三番! 欧州の敏腕弁護士、オネット・シュバリィーさんです!」

 

 透き通った水色のセミロングの髪。青や白を基調としたカジュアルスーツがスレンダーな体系によく合っている。そこにブラントのシルバーの時計が手首にアクセントとして加わる。大型スクリーンにはフレンドリーな笑顔を見せるキャリアウーマンの姿と名刺によるプロフィールが表示された。敏腕弁護士はスチームの挙動に苦笑いを浮かべたが、気を取り直してランウェイへと足を運んだ。にこやかに笑いながら客席に手を振って進む。足元の電光掲示板はフランスで有名な女騎士が槍舞いを披露していた。


「フランスきっての敏腕弁護士。どんな悩みも何でもござれ。今回依頼者の気持ちが知りたいと一枚買った結婚宝くじが見事当選。運を味方につけた調停の女神。今度のメンズもうっかり物にしちゃうのかー!?」

 

 調停の女神は足を滑らせたが、何事も無かったかの様に振る舞いパソコンチェアに腰を下ろした。

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