第16話 鋼鉄の背骨 Steel_Spine. 09

「許容範囲が良いかどうかは別として……、ほら、お望みの機械室だぜ。さっさと入ってくれないと扉が閉められねえ。中はカメラがないから良いかもしれねえが、ここの通路にはカメラがあるからな。何処から情報が流出するか分からねえから……とにかくさっさと入ってくれるか?」


 痺れを切らしたようにリッキーはそう言い放った。思えば扉が開いてからもここでぐだぐだと話を展開していたのだった……、そりゃリッキーからしてみれば、大慌てではあるよな。監視カメラの映像さえ残っていれば、ぼく達がここに入って来ているのは丸分かりであるし、それをリッキーが手引きしたのも分かってしまうだろう。画質は粗いので、遠目で見たら顔までは判別出来ないかもしれないが、カードキーの記録と照合したらあっさり犯人が分かってしまうかもしれない。それはリッキーにとってみれば職権濫用になる訳だから――出来ることならそれは避けておきたい、ということなのだろう。


「分かっているなら、さっさと入ってくれよ。なおのこと、悪質じゃねえか。てっきりおれはそういうことは知らずについついここで話していたのだと思っていたぜ。カメラの仕組みとかその辺り分かっているくせに、ここでべらべらと喋っていたのかよ?」


 喋っていたというより、半分思っていただけなのだけれど。

 というか今までの地の文全部口に出していたら、大変だろう。脚本として何ページ分あるんだろうか。


「……とにかく、糸口を探さないとね。プネウマちゃん、大丈夫?」

「うん……だいじょうぶ……」


 無口なことが多いプネウマは、すっかり機関部に入ってから話す機会を失っていた……、だからあんまり存在感がなかったというか。わざとそうだとするなら、何かしらの意図を感じる訳だけれど、まあ、そんなことを思ってはいないだろうな。もし思っていたならかなり頭の良いことではあるし、逆にぼく達はプネウマを信用出来なくなる。

 尤も、今の状況はプネウマが正義に立っているから成り立っていることであって、プネウマの記憶を紐解いていくうちにもしかしたらプネウマは悪人だった――なんて可能性も否定出来ないのだ。否定出来れば否定したいけれど、現状では明確に否定出来る証拠が見つかっていない。逆に、プネウマが悪者ではないという証拠も見つかっていない。悪魔の証明にも近しいものではあるのだけれど、しかして、それが正しいか正しくないかを第三者視点で決めつけるには、やはりそれなりの証拠が揃っていなければならない訳だし、証拠自体が正しいかどうかも綿密に検証していかねばならないのだ。

 それをぼくとメアリでやっていけるのか――というと直ぐに頷くことは出来なそうだ。今は未だこの機械室しか証拠という証拠が上がっていない訳だけれど、更に多くの証拠が上がってくるのは容易に想像出来る。その時、ぼく達二人でそれを処理し切れるかどうか――今は未だ百パーセント可能であるとは言い切れないのだ。


「で……、どうなんだよ。機械室の様子は?」

「……ああ、そうですよね」


 そして今は――ぼく達が機械室にやって来た理由について、処理せねばならなかった。

 機械室は沢山の歯車が所狭しと並べられていて、それらが規則正しく動いている。尤も、歯車というのはそれ単体では意味を成さず、動力を与える歯車と動力を受け取る歯車とを噛み合わせて動かすことで、初めて意味を成す。そして、この部屋にはその一対の歯車が至る所に置かれている。これでは、何が何のために設置されているのか分からない。流石にここで働いているリッキーは知っているのかもしれないけれど。


「機械室? その動力が何処から何処に伝達するなんて、知らなくても良いだろ。別に研修でも教わっちゃいねえしな……。メンテナンスにんて、その機械の動きが分かっていりゃ良かったりするんだよ。そりゃあ、昔はエンジニアといったら何でもかんでも一人で出来ていなければ不味い、みたいなところはあったんだろうが……、それはもう昔の話だしな。スチーム・タートルが出来てからは、スチーム・タートルのメンテナンス自体はおれ達に任せっきりではあるけれど、ブラックボックスだって存在する。……意味は勿論分かるよな?」


 ブラックボックスって何だったかな……、確か仕組みが明らかになっていない内部機構のことを言うんだったかな。


「そうそう。んでもって、そのブラックボックスは別段おれ達に知らせなくても良い訳よ。こいつは優秀だから、滅多にブラックボックスが壊れることはねえし、連鎖的に壊れることも……滅多にないからな。ある一部分が止まったら、自動的に全てが止まる仕組みな訳だし」


 成る程。

 つまり、この機械全体の知識がなくとも、これを修理することは出来る……と。

 あれ? でもブラックボックスが壊れていたらお手上げなんじゃ。


「その時は上から専門のエンジニアがやって来るよ。上というのは上層街……正確に言えば政府お抱えのな。当然のことではあるが、ブラックボックスが壊れてしまったら、それはスチーム・タートル全体の危機に繋がる。スチーム・タートルが完全に歩かなくなった――なら未だ優しいかもしれないが、それがスチーム・タートル全ての動力が停止した、となったらどういう問題が起こると思う?」


 そりゃあもう、数え切れないぐらいの災厄が訪れるだろうな。下手したら、クーデターやデモが起きるかも。


「まあ、クーデターが起きるかどうかは分からねえけれど……不平不満が爆発するのは間違いないだろうよ。実際、今でさえも色々と不満がある人は居る訳だろうし……、おれはあんまり今の状況に不満はないけれどな。仕事が出来て、それなりに生活が出来ていればそれで充分だよ。……あれ、これって貧しい価値観なのか?」


 いいや、全くもってそんなことはないよ。価値観は皆違う訳だから、その価値観を否定するつもりもないし、否定する権利もないんだからな。それを否定出来るのって、最早恐怖政治をやりたい政治家かスパルタ教育をしたいかのいずれかじゃないだろうか。それを進んでやりたいという時点で、その価値観は修正するべきなんだろうけれど。


「まあ、価値観は人それぞれだってのは分かるけれどよ……、しかしながら、認められるもんでもねえだろう? 価値観が良いか悪いかは誰かが決めるものでもねえけれど、価値観が……常識的におかしいと思う人も居る訳だろうし。まあ、それは良いか」


 良いのかよ。

 強引に話題を打ち切ったところで別段良いとは思えないのだが……、しかしリッキーが話題を打ち切ったのであれば、こちらは無理矢理話題を引き延ばす必要もあるまい。


「あら、珍しい。いつもだったら、無理矢理にでも話を引き延ばすはずなのに。どうしたの? さっき食べた食べ物に悪い物でも入っていたかしら?」


 もしそうだとしたらお前も同じ物を食べていたんだから、お前だって同じ目に遭うはずだろ。それにそんな作用が起こる成分が含まれている食べ物はあの辺りじゃ出していないはずだ。多分。きっと。メイビー。


「何か徐々に自信なさげになっていくのは気になるけれど……、まあ、それは同意するわ。仮にそうだとしたら、わたしだっておかしくなるでしょうし。おかしくなっていないってことは、食べ物が原因ではないか、ライトがわたしに隠れて変な物を食べたかのいずれかよね」


 少なくとも後者は有り得ねえよ。今日はずっと一緒に居たし、ご飯を食べたのはさっきの屋台だけだったじゃねえか。

 ……あー、強いて言うなら、銭湯の牛乳も含まれるのか? だとしたら、それも追加しないとフェアじゃないよな。

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