第76話 敵は未来の私たち、ですか?
「うおぉぉおおおおおおおッ!」
腕部の術式をフル稼働させ、ゴーレムは音速の拳を連続で繰り出す。
「ハアァァァアアアッ!」
対するフルーグは、そのすべてを己の拳で撃ち落とした。
ズガガガガッ!
機関銃を思わせる高速の衝撃音が、空気のみならず大地までもを震わせる。
至近距離での攻防戦――先に音を上げたのは、ゴーレムのほうだった。
わずかに関節部が軋む。
これまでのモンスターとは格が違う相手と直に打ち合ったのだ。
人形の各部に損傷が蓄積しているのは当たり前のことであった。
だがまだそれはわずかな歪みだ。
そんなちっぽけな変化が――しかし研ぎ澄まされた紙一重の戦いの中では、致命傷に成りうる。
ぶれる拳の軌道。
それをフルーグは見逃さず、己の拳をわずかに内側に入れ、相手の腕を弾きながら頬に打撃を叩き込んだ。
「ぐうぅぅっ……!」
強烈な衝撃がペリアを襲う。
操縦席は胸部なので意識が飛ぶほどではないものの、ゴーレム自体が後方に吹き飛ばされるほどの威力を受けたのだ、バランスは崩れるし視界もぶれる。
その数瞬の間を、フルーグの追撃が襲う。
一瞬でゴーレムの背面を取った彼は、炎を纏った掌打で相手を打ち上げると、自身も空中に飛び上がり、握り合わせた両手を胸部に振り下ろした。
「鬼炎双墜撃ッ!」
かっこつけて技の名前まで叫んで、まるで戦いに酔っているようだ。
ペリアは一瞬イラっとしたが、展開した結界を軽く叩き割られ、ガードのために前でクロスした腕までへし折られ、さらには背中から地面に高速で落下してそれどころではない。
操縦席内はさらに大きく揺れ、壁面にぶつけたペリアの額から、つぅっと血が流れた。
(動きが……いくらなんでも速すぎる……!)
以前遭遇したときは50メートル、そして今は20メートルだ。
小さくなったことで質量分、パワーは落ちるかもしれない。
しかし速度はさらに上がっているのだ。
それに加えて、フルーグには今までの相手になかった“技量”がある。
魔術師ではなく、どちらかと言うとフィーネに近い戦いのプロフェッショナルだ。
「オォォオオッ! 鬼炎流星脚ゥゥゥッ!」
フルーグが頭上から降ってくる。
しかもどういうわけか、重力で下に落ちていくだけではなく、何らかの力を使って加速までしている。
魔術とも異なる――フィーネが用いる“気”というやつだろうか。
ペリアはゴーレムを横に転がし対応した。
降り注いだ蹴りが地面に突き刺さる。
ボコォッ、と大きく大地がえぐれ、その衝撃波が数十トンあるゴーレムすら浮き上がらせ、吹き飛ばした。
フルーグの視線は速やかにゴーレムに向けられ、体勢を持ち直す前に再び攻撃を繰り出そうとしている。
ペリアはおもちゃのように吹き飛ばされ、さらに頭を打ったことで目眩がしていたが、その中で必死に反撃の手を考えた。
「アダマスストーン、スライサーッ!」
「ぬるいぞ、機王!」
フルーグは体から放出される気の圧だけでその軌道を変え、弾いた。
なおも相手は減速せずにペリアに迫る。
ゴーレムは続けて、脚部の砲門よりアダマスストーンの砲弾を撃ち出す。
「飛び道具なんざ無駄だ」
それさえも、拳の一振りで吹き飛ばされた。
だが今度は、刹那と呼べるごくわずかな時間ではあるが稼げた。
「拳で語り合おうじゃねえか!」
誤差と呼ばれればそれまで。
しかしペリアにとっては、“それさえあれば”という希望をつなげるための一瞬。
(傀儡術式――)
ペリアがゴーレムの操縦に使うマリオネット・インターフェースは、術者の指と人形を魔糸で繋ぐもの。
ただ人形を操るだけでも、人形遣いとしての高い技量が必要になる。
そして今、彼女がやろうとしているのは、
「マリオネット・バインド!」
己が操る人形から、さらに魔力の糸を伸ばし、相手を操るという無茶な技法。
精密操作に精密操作を掛け合わせた、人形遣いとしての一つの到達点だ。
宙を舞うゴーレムの指先から糸が伸びる。
それは迫るフルーグに絡みつき、彼が相手の足をつかもうと伸ばした手が――触れる直前で、外側にずれた。
「何ッ、俺の体が勝手に!?」
わずかな隙を見逃さないのはペリアも同様。
(今しかないっ!)
脚部術式を起動。
風を操り体勢を持ち直し、さらにフルーグに向かって加速。
無防備な相手の目の前で拳を振り上げ、腕部術式も起動。
さらに――
(小型コアを暴走させてやる!)
やるなら今しかない、と切り札を使おうとしたところで――フルーグと目が合った。
とてもではないが、追い詰められた男の目とは思えない、闘志と期待に満ちた色をしている。
そして同時に、ペリアがそこから感じたものは、背筋が凍るほどの底知れなさ。
薄々は感づいていた。
特に先ほどの、拳と拳の打ち合い。
以前ペリア自身が言っていたように、単純な武術での力比べなら、彼女よりフィーネの方が強い。
あくまで彼女は“人形遣い”であり、魔糸の扱いなどを含めた上で、高い能力を誇るのだから。
そしてフルーグはおそらく、生身でもフィーネ並の達人である。
そんな彼が、ゴーレムとまったく互角の力比べなどするだろうか?
むしろあの攻防は、『その程度ならまだ余裕で合わせられるぞ』という彼の余裕の現れだったとしたら。
あるいは、『せっかくの戦いなのだから、すぐには終わらせたくない』という子供じみた願望の発露だとするのなら。
フルーグの本気は、まだまだはるか先にある――
「ゴーレム・ブラストォッ!」
瞬間的な判断で、ペリアは攻撃を切り替えた。
とはいえ、それはランスローを撃破したときに使った、通常状態のゴーレムが持つ中でも最大威力の攻撃である。
並のモンスターなら跡形も残らず吹き飛ぶ。
アジダハーカでも体を貫ける。
そしてフルーグ相手なら――“お返しだ”と言わんばかりに頬に直撃した打撃によって、彼の体は浮き上がり、百メートル以上は吹き飛ばされた。
近くに生えていた木をへし折ってもなお止まらなかった彼は、見事に空中でバランスを立て直すと、両足で着地し、両腕で滑りながら減速する。
「がははは! 今のが機王の使う人形魔術か。驚いたよ、俺に体に触れるまで魔糸の存在に気づかせないとはな!」
反撃には成功した。
だがペリアはまったく安堵していなかった。
むしろ相手との力の差を実感させられることになったからだ。
魔糸の存在をフルーグは感知していなかった。
気づかないうちに体に絡みつき、操ったというのに、腕をわずかにずらすのが精一杯だったのである。
認識していれば、たやすく振りほどけただろう。
あれでは、二度目は通じない。
「そうだよな、拳だけが機王の武器じゃねえ。多種多様な戦い方を巧みに操ってこその人形遣いだ。俺としたことが、無粋なことを言っちまった」
ゴーレムの全力の一撃をまともに受けたフルーグは、衝撃で弾けて血を流す傷口を、嬉しそうに指先で撫でた。
「剣王フィーネ、聖王エリス、そして機王ペリア。彼女たちは世界に数々の伝説と、技術を残した。その憧れを胸に、幼かった俺は技を身に着けた」
そして自己陶酔に浸りながら、自分語りを始める。
今すぐにでも首をへし折って声帯を引きずり出したいペリアだったが、自分の世界に入り込んだ状態であっても、フルーグには隙らしいものが見当たらなかった。
「そう、俺が学んできたのは未来のあんたたちが残したものを、さらに進歩させた技術だ。その先に、俺はいる」
どうやら彼は、なぜ今のペリアがフルーグに勝てないのか、その理由を丁寧に説明してくれているようだった。
「そしてその姿を、『あなたたちへの憧れで俺はこんなに強くなれました』って本人の前でお披露目できるんだ。こんなに滾るシチュエーション、他にあるか? 敗戦の将にはもったいなさすぎる」
そしてそれらの言葉は、この戦いにおいても無意味ではない。
要するに“前フリ”なのだ。
自分が身につけてきた技はこんなものではないぞ、だから覚悟しておけ、と。
先ほどペリアから食らった一撃に満足したので、次のステージに行くぞ――と。
「俺たちのせいで世界は変わった。あんたも機王ペリアと同一人物ではないのかもしれない。それでも――どうか見ていてほしい」
どこか遠い目をして語っていた彼の瞳が、“現在”のペリアに向けられる。
彼は体から力を抜き、肩幅に両足を広げた。
意識を集中させるのに都合の良い自然体だ。
そして彼の体から発せられるのは――気ではなく、魔力。
体に、まるで模様のように線が浮かび上がる。
「嘘だ……」
ペリアは怯えた。
怯えたくないと願っても、勝手に心臓が高鳴り、冷や汗が背中を伝った。
「あの線は……まさか……」
なまじ知っていたせいで、余計にその恐ろしさがわかる。
一見すれば戦化粧。
己の戦闘能力を上げる、一般的な術式に見えるが――
「魔糸、なの?」
それが人形魔術ならば、話は別だ。
フルーグは言った。
フィーネ、エリス、そしてペリアの三人に憧れたのだ、と。
先ほどまで見せていた武術は、言うならば拳鬼術式。
フィーネの残した技術を元に、独自に開発、進化させたもの。
ならば
「これが、俺の傀儡術式だ」
それはつまり、ただでさえ追いきれない速さが、さらに高まるということ。
「傀神掌」
人から
フルーグがそう技の名を告げたのは、事が終わってからだった。
前方にいたはずの彼は、ゴーレムの後方、数十メートル離れた位置にいる。
一方でゴーレムは微動だにしていない。
だが――その両腕両脚が、喪失している。
(見えなかった。四肢が、破壊されたのに……)
見れば、周囲にそれらしき残骸は転がっているが、なぜそうなったのか、どうやって破壊したのか――それを認識できたのは、この場においてはフルーグ一人である。
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