第68話 念には念を入れましょう!




翌朝、起床したペリアは顔を洗いに洗面台にやってきた。


扉を開くと、先客のマローネと鉢合わせる。


違う部屋を使っているとはいえ、同じ屋敷で生活しているため、たびたびこういうことは起きた。




「あ……」


「おはよう、マローネ。待ってるからゆっくり使っていいよ」


「平気です、もう終わりましたから」


「そう? じゃあ私が使うね」




横に移動し場所を空けたマローネ。


しかし彼女は、なぜかペリアの顔をじっと見つめている。




「何かついてる?」


「ついてますね」


「えっ、虫!?」


「いえ――」




マローネは頬を赤らめ、気まずそうに指摘した。




「赤い、跡が」




小走りで鏡の前にやってくると、鎖骨のあたりをペリアは凝視した。




「本当だ……エリスちゃんすごかったもんなぁ……」


「話は聞きました、おめでとうございます」


「えへへ、ありがとー。昨日は私もかなり舞い上がってたんだけど、それよりエリスちゃんのテンションがすごくて大変だったんだ。フィーネちゃんと私で相手するのがやっとで」


「相手、ですか」


「マローネもテラコッタとそういうの無い?」


「そういうの!?」




仰け反りながら大げさに驚くマローネ。


するとペリアは慌てて補足する。




「あっ、いやらしい意味じゃないよ?」


「なんだ、そうなんですね……ん? え、じゃあその首のやつ何なんですか?」


「エリスちゃんに吸い付かれた」


「やっぱりそうじゃないですか!」


「とにかく手とか足とか首とかにちゅーちゅー吸い付いてくるから大変だったの」


「……吸い付くだけなんですね」


「そう、吸い付くだけ。きっとエリスちゃんなりの我慢だったんだと思うな。でもねえ、さすがに初日でそこまで進んじゃうと、フィーネちゃんの心臓がもたないと思って」


「何だか……いろいろ、大変なんですね……」


「幸せすぎて大変って感じだけどねー。んふふっ」




誰の目から見ても、ペリアが上機嫌なのは明らかだった。


よほど二人と恋人になれたのが嬉しくて仕方ないらしい。


マローネは、全身赤い跡だらけなのには驚いたものの、自分もテラコッタと結ばれた日は幸せの絶頂だったことを思い出し、頬を緩ませた。




◇◇◇




それからさらに数日後――ペリアの姿は屋敷のすぐそばにある空き地にあった。


ゴーレムたちの改修を行う際に、よく使われているスペースだ。


しかし今日、そこに置かれていたのは緑がかった金属で作られた、見慣れぬ装置。


厚みはあまりなく、縦の凹凸は緩やかで、左右には翼のようなものが付いている。


高さは3メートルほどだが、両翼を含んだ幅はゴーレムと大差ないほどだ。


上部中央には大型人形の搭乗部と似たハッチが付いており、現在は開かれ、中に二つ並んだ座席が見えている状態だった。


その前方に座るのは、赤い髪の女――ラティナだ。


そして後方の座席にはラグネルが乗っている。


ペリアは翼の上に乗り、ラティナと何やら話し込んでいた。


そんな彼女たちの元にレスがやってくる。




「ま、またすごいの作ってる……」




装置全体を見上げて、レスは感嘆した。


姿形もなかった状態から、一気にこんなものが現れるのだ。


改めて、ペリアの固有魔術の便利さを思い知らされる。




「あらレスじゃない、休み時間なの?」




ラティナは操縦席からひょっこりと顔を上げて尋ねた。




「そ、そう。かっこいいものが見えるって、こ、子供たちが騒ぐから……気になって、様子を見に来た」


「そこまで褒めてもらえると、この人形を設計した甲斐があったというものだわ」




自慢げなラティナ。


言葉通り、この“人形”の設計図を書きあげたのは彼女である。


といっても、テラコッタやペリアのアドバイスは受けた上で、だが。




「に、人形という割には……ぜ、ぜんぜん、人の形はしていない」


「それは独創性ってやつよ」


「先入観にとらわれないのがラティナ様の設計のいいところです。代わりにドッペルゲンガー・インターフェースは使えないんですが」




そもそも最初の大型人形であるゴーレムが人の形をしているのは、完全にペリアの趣味である。


わざわざ手足を付けて二足歩行の機能を持たせた上で、あの複雑なマリオネット・インターフェースを使って操縦しているのだから、汎用性など欠片もない。


しかしドッペルゲンガー・インターフェースが完成した今は、大型人形を人間の形にする大きな理由ができた。


もっとも、逆に言えばそれは“縛り”でもある。




「それを考慮してシンプルな作りにしたのよ。さすがの私も数日じゃ人型の操縦は覚えられないわ」


「ふふ、ラティナの弱気なんて珍しい」


「優れた人間は自分の弱みも把握するものよ、ラグネル」


「と、ところで……この人形、どう動くの?」




レスの素朴な疑問に、ラティナは一言で返す。




「飛ぶわ」


「と、飛ぶ?」


「そう、翼の下に筒状の装置がついてるでしょう? それと私の炎を使って高速飛行するの」




ランスローは死んだが、彼の部下は生きている。


優秀だった男の部下だけあって、風や空気の扱いはお手の物であった。


ペリアがいるため、精密に加工された金属を量産することも可能だ。


両者の協力により、この推進機関は製造された。


もっとも、空中を高速で飛行しようとすれば、それだけ大量の燃料と冷却材が必要になる。


だが――上級魔術士が搭乗すれば、それらの問題は解決する。




「本番では私じゃなくて、ペルレスが乗る予定よ」




ラグネルがそう言うと、レスは「なるほど」とつぶやいた。




「で、でも、練習でも一応ペルレスが乗った方がいいんじゃ……」


「せっかく二人乗りにしたんだもの、一度ぐらいは恋人と二人で乗っておきたいじゃない?」


「そ、そんな理由で……」


「今日は高速飛行はしない予定なので、安全面での問題はありません。いざとなればラティナ様がラグネルさんを守るでしょうし」


「そ、それなら、いいんだけど」




とはいっても、こんな大きな金属の塊が空を飛ぶというのだ。


レスが心配になるのも当然である。


もっとも、当の本人たちはまったく危機感を抱いていない様子だが。




「ふふ、空のデートなんて初めて。楽しみだわ、ラティナ」


「夜だったら二人で星空を独占できたんだけどね」


「問題ないわ、私たち以外誰もいない空でラティナを独占できるなら、それで」


「ラグネル……」


「ラティナ……」




放っておくと際限なく二人の世界を作り出すラティナとラグネル。


残念なことに、ここに止められる人間はいないので、ペリアもレスも見守ることしかできなかった。


それから数分後。


ようやくラティナたちがこっちの世界に戻ってきたところで、ペリアは地面に降りた。




「ではラティナ様、両手に魔糸を絡めてください」


「了解」




ラティナが両手を前にかざすと、操縦席前方にある半透明の面から魔力の糸が現れ、彼女の全ての指に絡みつく。




「ゆっくり出力をあげて、マニングの外まで移動しましょう」


「ゆっくりね……」




普段は自信に満ちた彼女も、さすがに慎重だ。


推進機関内部にあるブレードが回転をはじめ、ウウゥ……と僅かに駆動音を鳴らす。


すると人形下部に取り付けられた車輪が回りはじめ、ゆっくりと移動を始めた。




「う、動いた……」


「そのまましばらくまっすぐです。いいですよー……そのまま進んで、進んで……ここで方向転換します」


「向きを変えるのねね……よっと」




事前に訓練した通り、特定の指を曲げ、魔糸を引っ張るラティナ。


すると人形は曲がりはじめる。




「見た限り、ラ、ラティナはそんなに魔力を使ってないのに……こ、こんなに大きな、金属の塊が動くなんて……」


「やっぱり不思議に思います?」




操縦のほうはコツを掴んだようなので、そろそろペリアの誘導も必要ないようだ。


彼女はレスの隣に並び、歩いて機体を追いかける。




「色も、アダマスストーンでも、な、なければ、強化ミスリルでもない。ペルレスが作った、あ、新しい……素材?」




レスは、ペルレスが何らかの実験を行っていることは知っていた。


あの緑がかった材質をみた時、おそらくその実験成果なのだろうとも。




「名前はまだ付けてないんです。たぶん世界であの人形分しか作れないものだと思うので」


「ど、どういうこと?」


「モンスターの血液と魔石をあわせることで、新たな合金を生み出せるのは知っての通りです。その血が限られているんですよ」


「……まさか」




思わずレスは足を止め、ペリアの顔を見た。


ペリアは動じずに、堂々とその視線を受け止める。




「ランスロー、なの?」




彼女はこくりとうなずく。


レスは信じられない、と思った。


しかし、だからといって責める言葉なんて出てくるはずもなかった。




合金というものは、どんなモンスターの血からも作れるわけではない。


血に流れる魔力と鉱石の相性というものがある。


相性が悪ければ鉱石は強度が落ち、魔力増幅の効果すら失い――最悪、爆発することもある。


いや、“こともある”というよりは、むしろそちらのほうが遥かに多い。


実用に耐えうるモンスターの血は、全体の1%にも満たないという。




つまり、これは“偶然”なのだ。


幸か不幸か、彼の血とミスリルを組み合わせることで、強度の向上、および大きな軽量化を果たした合金が生まれた。


ならば、使わぬ訳にもいかないだろう。


適した人形が設計されたのなら、なおさらに。




「ペリア、そろそろ始めるわね!」




遠くからラティナの声が響いた。


操縦席の扉が閉じ、推進機関から突風が吐き出される。


激しい風に吹かれて、ペリアとレスは乱れる髪を手で抑えて、マニングと外をつなぐ街道を、まっすぐ加速する人形を見送った。


車輪が大地を離れ、ふわりと空に浮かぶ。




「そ、空……高さを制すれば、た、戦いはより、有利になる……使えるものは、使うしかない。生き残る、ために……」




人形は陽の光を反射し、鮮やかな翠色に輝いている。




「それだけじゃありません。おそらく相手も、空を飛ぶ戦力を出してくるはずですから」


「つ、つまり、あれにも結晶砲を?」


「付ける予定です。ただ、小型のものになると思います、あまり重いと速度が出なくなりますから」


「それで、そ、空の敵を……倒す」




ラティナたちの高度は安定し、さながら鷹のように大空を優雅に飛び回っている。




「飛んだっ、飛んでるわよ、ラグネル!」


「ええ、見えてるわ――地面があんな遠くに。ラティナと一緒にだから見られる光景ね」


「ふふ、私と結婚してよかった?」


「いつも思ってるわ。でも、今日は特に思ってる」




操縦席の二人は、すっかりはしゃいだ様子でいちゃついている。


一方、地上のペリアはゆっくりと首を左右に振った。




「ですが、おそらくこれだけでは無理です」


「え?」


「空から攻められるなら、早く使っておけば私たちなんて簡単に潰せたはずなんです。最後に出してくるぐらいなので、ハイメン帝国にとってもそう何度も使えない切り札なんでしょう。ですから、もうひと押しないと不安なんです」


「な、なら……どうする、の?」


「ちょうどレス様が来てくれて助かりましたっ」




ペリアはレスの手を両手でぎゅっと握った。


彼女の手は、血が通っていないようにひんやりと冷たい。


いつも体温高めなペリアとは正反対である。




「協力してほしいことがあるんです。実はペルレス様のほうは、すでに作業に取り掛かってます」


「ペルレスと、わ、私で?」


「はいっ」




元気に返事をしたペリアは、少し自慢げな笑みを浮かべて告げた。




「とっておきの切り札を作ります!」



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