第63話 目的地が見えてきました!

 



 ランスローの葬儀は小規模に行われ、アジダハーカと化した彼の遺体の一部が墓に収められた。


 とはいえ、これは仮の住まいだ。


 戦いが終われば、都に眠る奥さんと子供と一緒に眠れるようになるだろう。


 ランスローが連れてきた魔術師たちの中には、墓に縋り付くようにして涙を流す者もいた。


 その光景を眺める、本来は関係者ではないフィーネも、その気持ちは理解できる。


 人格的に優れた彼を慕う者は多かったのだろう。


 ランスローが死んだことが都にまで伝われば、さらに多くの人間が涙を流すはずだ。


 もっとも、二人にとって気がかりだったのは、それを目の前で見せられたペリアの精神状態のほうだ。


 自分を責め、傷ついてはいないだろうか。


 葬儀を進行する聖職者――エリスの凛とした声が響く中、フィーネは横目で隣に立つペリアを見た。


 彼女は、真っ直ぐに前を見据えている。




(心配するまでもなかったか……)




 フィーネとエリスの心が折れても、一人で進み続けていたのがペリアだ。


 無論、まったく悲しみを感じていないというわけではないだろうが――それはあくまで、“ランスローを喪った”という事実に対するもの。


 モンスターと化した彼を打倒したことに、一切の後悔はなかった。




 ◇◇◇




 葬儀が終わると、参加者はペリアたちの住む屋敷に集まった。


 ペルレスの戻った記憶について話すため、ラティナが声をかけたのだ。




「一昨日のマニングの様子を見て、帝都ハイメニオスを思い出したショックで一部の記憶が戻ったみたいよ」




 彼女はそう語った。


 誰も疑う者はいないようだ……ペルレスは心の中で一安心していた。




「というわけで、まずはハイメン帝国の正体について話してもらってもいいかしら」




 ラティナに促されると、ペルレスはウレアの膝の上から立ち上がる。




「この世界にモンスターを解き放ったハイメン帝国が、200年後の未来からやってきたことは以前にお話した通りです」




 話を簡潔にするため、一部は省略して説明されるが、そこをまだ知らないランスローの部下たちは多種多様な反応を見せていた。


 置いてけぼりにするのは少し可愛そうだが、この場で重要なのは、ペリアたちやレスに理解してもらうことなので、気にせずにペルレスは話を進める。




「その首謀者である可能性が最も高いのは、皇帝ガルザだと思っているです」


「ガルザ……」




 ペリアは思わずその名を繰り返した。


 自分たちの大切なものを奪った元凶――その大本。


 最も殺すべき相手。


 ようやく、その名前を知ることができたのだ。




「今のところガルザは姿を見せてないですが、少なくとも相手にフルーグとスリーヴァがいることがわかってるです」


「その二人は皇帝の関係者ってことですか?」




 ペリアの問いに、深くペルレスはうなずく。




「フルーグは帝国軍の将軍だったです。そしてスリーヴァは、ガルザの育ての親とでも呼ぶべき人物なのです。皇帝に即位してからは、参謀ような働きをしていたとも言われているです」


「ふ、二人とも大物、だね……」


「レスの言う通りだな、どっちも皇帝の関係者……つまり後ろには皇帝本人がいるってことか」


「皇帝ですが、おそらくは“ユグドラシル”と一体化していると思われるです」


「ユグドラシル?」




 そうラティナが食い気味に聞き返す。




「帝都ハイメニオスの中央にそびえ立つ、大樹の姿をした超大型モンスターです」


「確かにペルレスが過去の話をしているとき、街の中央に大きな木が生えているとは言っていた。確か、山より大きいとか」


「よく覚えてたですね、エリスさん。あのときは忘れてたですが、それがユグドラシルです。当時は500メートル……でもあれは成長するモンスターですから、100年経った今は1000メートル級ぐらいにはなってるかもです」


「と、とてつもない大きさ」


「今までのとは比べ物にならないぐらいの化物だ……」




 さすがのペリアも、今の戦力では絶対に太刀打ちできないと判断せざるを得ない。


 だがそんな不安を拭うように、ペルレスはこう付け加えた。




「でも心配は必要ないです。ユグドラシルは動けないです」


「モンスターなのにか?」


「帝都の地下に根を張ってるです。普段はハイメニオスの工場に魔力を供給して、非常時にはその全てを吸い上げて街を防衛することになってるです」


「最強の防衛システム兼、最強の生産システムってことじゃない」


「まさに帝国の切り札だな。しかも、そいつもあたしらの時代に転移してきてるってことか」


「むしろ、それが目的だった可能性があるです。私が思うに――」




 ペルレスは少し目線を下げ、暗い顔で言った。




「皇帝ガルザがユグドラシルと一体化するために、帝国の民は犠牲になったですから」




 一部だが記憶が蘇ってから二日。


 その間に頭の中を整理して、彼女が出した結論がそれだった。




「そ、そうじゃないと……皇帝に近い人間が、い、生きてる理由が……わからない、もんね」




 レスがそう付け加えると、ペルレスはうなずく。




「帝国が王国の戦力に押される中、ガルザは日に日に荒れて、側近を処刑することもあったです。そんな中で、信用できたのは一部の人間だけ……」


「それがスリーヴァとフルーグだったってことですか」


「なら私たちが戦ったリュムは?」


「リュムは――」




 少し口ごもるペルレス。


 ラティナとウレアは一瞬どきっとしたが、すぐさま彼女は答える。




「聞いたことのない名前です。私のような生存例もあるですから、偶然に巻き込まれたのかもしれないです」


「偶然か……だとすれば、スリーヴァってやつが裏切って切り捨てたのも納得だな」


「最初からイレギュラーだった」


「だとしても、ハイメン帝国の一員としてたくさんの人間を殺したことに違いはないよ」


「だな」


「私もそう思うです」




 同調するペルレスの顔に影は見えない。


 無理して強がっている――というわけでもないようだった。




「私が彼らについて知ってることはこれぐらいです。面識は無いですから、浅い話しか出来なくて申し訳ないです……」


「これだけ知れれば十分よ」


「う、うん。ど、どうやったら、戦いが終わるのかも……わ、わかってきた、から」


「お二人の言う通りです、皇帝ガルザさえ倒せればモンスターの生産も止まるんですよね」


「しかも相手は動けないから、こちらもじっくり準備できる」


「どのみちスリーヴァとフルーグもぶっ飛ばさなきゃなんねえしな」


「メトラ王子もいるよ、フィーネちゃん」


「あー……そういやそうだったな、忘れてたよ」


「特別な力を持っているわけでもないから、警戒することも無いと思うわ。せいぜい小型コアの実験台になって、ヴェインみたいに化物になって襲ってくるぐらいじゃないかしら」


「そうなるに越したことは無いですね」




 だが、仮にメトラが小型コアの被検体になったとして、ヴェイン、ランスローと着実に敵の戦闘力がステップアップする中、ただの使い捨ての化物で終わるとは思えなかった。


 フルーグ、スリーヴァ、メトラ、そしてガルザ。


 残る壁はあと四つ。


 簡単に戦いは終わりそうにないが、“ゴールが見えた”という事実がペリアの心を沸き立たせる。




(残る将がリュムやランスロー様より強かったとしても、私たちの技術の発展スピードならすぐに追い越せる。みんなの無念を晴らす日まで……あと少しなんだ)




 そう考えると、今すぐにでもゴーレムの整備に向かいたくてうずうずしてくる。


 しかし、ペルレスにはまだ話すことが残っているようで――




「ところで、ですけど……実は私、過去に飛ぶ前は装甲機動兵の分析をする仕事をしてたです」


「装甲機動兵って……何だ?」




 首をかしげるフィーネ。


 他の面々も同様に頭の上に疑問符を浮かべた。


 ペルレスは気まずそうに頬をかく。




「あ、まだその名前は出してなかったですね。鉱山から発掘された兵器の名前です、未来の王国で開発されていたです」


「結晶砲を持ってたあれ、そんな名前だったんだ」


「いかにも兵器って感じの名前なんだね」


「それを分析してたってことは、あんた軍の関係者だったのか?」


「元は関係ない場所で合金開発の研究を行ってたです。でも帝国が追い詰められると、あらゆる研究者が軍事に関わることになったです」


「本当に帝国って余裕がなかったのね」


「それだけ装甲機動兵……というより、魔力結晶砲は脅威だったです。コピーした結晶砲をモンスターに持たせる案まで出てたほどです」


「そりゃマジで切羽詰まってんな」




 フィーネの言葉に、「ですです」とペルレスは首を振った。




「というわけで、ある程度なら結晶砲の取り扱いや作り方もわかるです。ペリアさんのファクトリーがあれば、この世界の技術でも作れると思うです」


「私のガーディアン以外にも搭載できるということ?」


「ブレードオーガに大砲か……」


「ゴーレムちゃんに大砲……脚には1個付けたけど……」


「確かに二人のファイトスタイルに合うかは疑問ね。とはいえあの威力、とんでもないから有効活用したいところだけど」


「当時からサイズや形状は色々あったですから、相談しながらそれぞれの人形に合ったものを作ってみるです!」


「じゃあ剣と組み合わせたりもできんのか?」


「実際にそういうのもあったです」


「でも強度が厳しいんじゃないの?」


「ブレードオーガなら、腕に小型の結晶砲を付けるなんてどうかな?」


「ゴーレムが脚に付けたみたいにか」


「フィーネがそういう牽制をするところは見たことがない」


「確かにねえな」


「よく考えたら、腕に付けちゃうと剣を振る時に違和感があるかも……」


「そうだなぁ……手先の重さは斬撃の鋭さにダイレクトに出るからな」


「だったら頭部に付けるのはどうです? さらに小型化して、連射力を高めるんです」




 結晶砲開発の話が進む中、レスは胸の前で手を合わせ、両方の人差し指の爪をカチカチと鳴らしながら、挙動不審に視線をさまよわせていた。


 話に入りたい――というよりは、割り込んでまで言いたいことがあるらしい。


 盛り上がる話題を中断させるのが申し訳ないのか、しばらくもじもじしていたレスだが、意を決して手を挙げ声をあげた。




「あ、あの……いい、かな……!」


「レス様も結晶砲のことが気になるんですか?」


「う、ううん、違うのペリアちゃん。わ、私、その……人形の、武器について、提案があって」


「珍しいな、あんたがそっち方面に興味を持つなんて」


「し、素人の提案だから、とんでもない話と、思われるかもしれないけど……」




 喋り方や外見はともかく、レスは常識のある人間だ。


 そんな彼女が言いよどむほど、“とんでもない”提案というのは非常に珍しい。


 一旦結晶砲談義は中断され、全員の注目が彼女に集中した。




「こ、小型コアの、話。ランスローの分も回収、して、増えたんだけど……や、やっぱりこっちにも、人間の魂が、使われてて……」


「言ってたわね、それを解放したいって」


「そ、その方法、なんだけど……小型コアを、暴走させるのはどうだろう、と思ってて……」


「暴走って、そんなことして大丈夫なんですか?」




 ペリアがそう問いかけると、レスは頬に手を当てて悩むような仕草を見せた。




「う、うぅん……魂は、物理的な現象で傷つかない、から……暴走させれば、解放は、できるんだけど……」


「使用者に問題が出るってことです?」


「と、とにかく、とてつもない量のエネルギーが放出される、から」


「制御面の問題ってことね」


「そ、それに、使い捨て、だし。使い勝手は……あ、あまり……」


「こちらの切り札にはなりそう」


「あたしは好みだな、そういうの。使うだけで人助け……もとい霊助けになるんだから、気持ちよくぶっ放せる」


「結晶砲の強化と小型コアの暴走、どっちも検討してみましょう。その二つがあれば、もうハイメン帝国を恐れる必要もなくなるはずです!」




 ペリアの宣言に、一同は頷いた。


 同時に彼女は考える。


 もし準備が整うまでに、向こうから攻めて来ないのならば――今度は自ら都に攻め込もう、と。



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