第46話 私も気になってはいたんです!
ヴェインとの戦いから数日が経った。
すでに隣の村との道を遮っていた木々は伐採され、ひとまず馬車ぐらいは通れる広さになっている。
ケイトは早速、その道を使って隣村との交易を始めたようだ。
ラティナやレスたちは、ヴェインの死体の解析。
エリスとペリアは、テラコッタたちを交えて、新たな大型人形製作のための話し合いを行っている。
そんな中、フィーネは結界から出て、モンスター相手に鍛錬を繰り返していた。
「バーサーク・レイドぉっ!」
紅色の剣鬼は、20メートル級デリシャスボアとの距離を一瞬で詰めると、一刀で引き裂いた。
「グルガァァァッ!」
すると横からデリスシャスラビットが飛びかかってくる。
こちらも20メートル級。
フィーネは剣で薙ぎ払うこともできたが、あえて別の手段を使うことにした。
左手で体をかばう。
モンスターはそこに噛み付く。
その間に、もう一方の手で殴りつけた。
拳は毛皮を突き破り、腸を押しつぶす。
腕を引き抜くと、ラビットは絶命し地面に落ちた。
「ふぅ……だいぶ慣れてきたな」
ドッペルゲンガー・インターフェースを搭載したブレイドオーガは、操縦席内でフィーネが動いたのと同じように動く。
だが、いくら感覚が連動しているとはいえ、フィーネ自身が剣を握っているわけではないし、たとえばジャンプするときなどは、単純に操縦者と人形の動きが連動するわけでもないのだ。
そういった細々としたギャップを埋めるには、実際に動かして慣れるしかなかった。
「しかし、感慨深いもんだ。あたしが人形に乗って、モンスターをぶっ殺せるようになるなんてな」
少し前までは、あんなに怯えていたというのに。
こうして人形で倒せるようになった今は、モンスターに対して以前ほどの恐怖は感じない。
「天上の玉座の連中も驚くだろうな。今の調子で人形の数が増えれば、人間はもうモンスターに怯える必要なんてなくなる……それだけに、内側の問題で崩れるのだけは勘弁してほしいんだよなぁ」
フィーネが思い浮かべるのは、ペルレスの姿だ。
兜を外しても、そこには顔がなかった。
鎧だけで動いているのか。
はたまた遠隔操作されているのか。
ペルレスはあの後、今までと変わらずにペリアたちに接しているし、アダマスストーンの製造も行ってくれている。
敵意が無いのは誰の目にも明らかなのだ。
実際、ラティナやレスはもう何年も同僚として付き合ってきたのだから。
しかし、だからこそ、なんとなくあの話題に触れにくい雰囲気が広がっている。
そこに各々の忙しさが相まって、誰も真実を知ろうとはしない。
それがどうしても、フィーネには納得がいかなかった。
「今はそんな余裕が無いのはわかるんだよ。みんな忙しいんだ。そん中で、比較的自由に動けるのはあたしだけ……ケイトには頼りたくねえし、軽く探りでも入れてみるか」
フィーネは狩ったモンスターを引きずりながら、村に戻っていった。
◇◇◇
現状、ペリアたちが外で狩ってきたモンスターの肉は、村にとって貴重な食料だ。
なのでフィーネが戻ってくると、村の人々は歓声をあげながらブレイドオーガを取り囲む。
悪い気はしなかった。
人々から賞賛され、英雄扱いされるのは、誰だって嬉しいものだ。
もっとも、返り血まみれのブレイドオーガの姿は、夕日を浴びて鮮烈に紅く輝き、到底正義の味方には見えなかったが。
フィーネは機体の掃除を終えると、ペルレスを探して村を歩いた。
しかし彼女が最初に遭遇したのはウレアであった。
「よっ」と手を上げ声をかけるフィーネ。
ウレアは「うっす」と会釈すると足を止めた。
二人は何度か、村にある酒場で一緒に飲んだことがあった。
というか、マニングはそう広くない村なので、言葉を交わしたことのない人のほうが少ないのだが。
「仕事終わりか?」
「そうっすね。飲みに誘われたんで、いつもの店に向かうところっす」
「誘われたのに一人なんだな」
「少し用事があったんすよ……」
そう言って、なぜか言葉を濁すウレア。
フィーネは訝しみ、彼女の顔を覗き込んだ。
「なんか悩んでんのか?」
「……まあ。でも、みなさん忙しいじゃないっすか」
「あたしなら手が空いてるぞ。聞かせてくれよ」
「いいんすか?」
「おうっ、もちろんだ」
ペルレスのことは気になる。
だが、それとこれとは話が別だ。
情に厚いフィーネが、ウレアの悩みを見過ごせるはずもなかった。
◇◇◇
屋敷に場所を移した二人。
振る舞われたお茶を飲んで少し落ち着いたところで、ウレアはぽつりぽつりと話はじめた。
「ここ最近、オレに懐いてる女の子がいるんすよ。たぶん、まだ十歳とかそのあたり年齢で、金色の髪をポニーテールにしてるんすよ」
「ほーん……そんな子がいるのか」
「ペリアさんはオレと一緒にいるとこ、見たことあるんすけど、フィーネさんはそういう子を知ってるんすか?」
「いや、心当たりはねえなあ」
「……やっぱそうなんすよね」
ウレアの表情が沈む。
どうやら、その少女のことが彼女の悩みらしい。
「そんなに気になんのか? その子のことが」
「鉱山のみんなに聞いても、誰も知らないって言うんすよ」
「そりゃ妙な話もあったもんだな。さすがに全員に聞きゃ、誰かしら知ってるだろ」
「今、マニングって色々戦ってるじゃないっすか。もしかしたら、そういうのに関係してる、怪しい子なのかなって……」
「実際、怪しげな言動を取ったりすんのか?」
首を横に振るウレア。
彼女が怪しんでいるのはあくまで直感や、周囲の反応によるものだった。
「強いて言うなら、名前を教えてくれないことぐらいで……あとは、物静かで、優しい子っすね」
「スパイだってんなら、あんたに取り入る必要もねえしなあ。どんぐらいの頻度で会ってんだ?」
「大体、毎日っすよ。仕事終わりの時間になると来てくれるんで。ここ数日は見てないっすけどね」
「そうか……あたしも一度会ってみてえなあ。仕事終わりの時間ってことは、ちょうど今ごろ村のどっかを歩き回ってるってことだよな?」
「そうなるんじゃないっすかね」
「ならちょうどいい、今から誘うじゃねえの。飲み会は少しぐらい遅れたって平気だろ?」
「フィーネさんが事情を説明してくれるなら……怒られないとは思うっすけど。うす」
「そんぐらい任せとけって!」
話がまとまると、フィーネたちはさっそく謎の少女の捜索を始めた。
◇◇◇
それから三十分ほどが経った。
空はもう暗くなりはじめたが、まだ少女の姿は見当たらない。
鉱山の入り口付近で足を止めると、フィーネは大きめのため息をついた。
「見つかんねえなあ。もう家に帰っちまったのか?」
「どこなんすかね、家って」
「学校でも見かけたことねえし、調べようもねえな。よし、最後に手分けしてみるか。十分後、ここに集合でいいか?」
「了解っす」
フィーネとウレアは別れて周囲の探索を始めた。
そして、ウレアがな無駄だとわかりながら、念の為に鉱山の敷地内を調べてみると――隅に置かれた木材の上に座り、足をぶらつかせる少女の姿を見つけた。
すぐさま声をかけようと思った。
しかし、ちょうど彼女が木材から降りてしまったので、反射的に物陰に身を隠す。
そのまま、ウレアに会うことを諦めて鉱山から去る少女を尾行する。
(オレ、なんでこんな変質者みたいな真似を……)
自問自答を繰り返すも、今さらになって声をかけるわけにもいかない。
それに、このまま追いかければ、彼女がどこの家の子なのかもわかる。
こんな大柄な女が年端も行かぬ娘を追いかける――ウレアは『誰かに見つかったら人生終わりそう』と思いながら、尾行を続けた。
そして到着したのは、ペリアたちが暮らす屋敷の近く。
(このあたりには、ペリアさんが住む屋敷しか無いはずだけど)
ウレアが首をかしげていると、少女は屋敷の敷地内にある小屋の裏側に消えた。
慌てて追いかける。
そこでウレアが見たものは――
(大きな……鎧? あれって確か、ペルレスとかいう人が着てるやつ……)
そう、ペルレスの鎧だ。
少女はその鎧にすっぽりと収まると、横に置かれていた兜を被った。
(まさか、オレに懐いてたあの子って、上級魔術師!? 正体があんな子供だったなんて、フィーネさんに――いや、でもどうして隠して――)
予想外の真相に、焦るウレア。
そうこうしている間にもペルレスは立ち上がり、小屋の裏から出てこようとしている。
見つかるとまずい、とウレアは慌ててその場を離れようとして――地面につま先を引っ掛ける。
(石も無いのにこんなときに限ってッ!)
壁に捕まろうと腕を伸ばすが、片手では体を支えられない。
ウレアは地面に倒れた。
もちろん、大きな音を立てながら。
「……誰だ」
ガシャン、ガシャン、と鎧が迫る。
ウレアはなおも匍匐前進で逃げようとしたが、時既に遅し。
ペルレスは地面に倒れる彼女の姿を見て――凍りついた。
「ウレアおねえちゃん……?」
「ごめんなさい。見てしまった、っす……」
「見られた……私の、正体……」
膝をつくペルレス。
彼女は観念したように兜を外すと、ひょっこりと金髪少女がそこから顔を出した。
「まさか後をつけられたなんて、考えてもなかったです」
「信用してくれてたのに……ごめん」
「違うです! 悪いのは、私なんです。名前も教えずに、隠してたですから」
気まずそうに目をそらすペルレス。
ウレアもバツが悪そうに唇を噛んだ。
「脚は大丈夫ですか?」
「怪我とかはしてないから、平気っすよ」
「そうですか」
「うっす……」
気まずい会話が続く。
このままではいけない、とウレアは意を決して切り込んだ。
「あのっ! なんで……隠してるんすか? 別に小さい女の子でも、上級魔術師になってていいと思うんすけど」
「違うです。私は……」
言葉が喉で引っかかる。
言うべきなのに、出てこない。
「……言いたくないなら、いいっすよ」
「ダメです。ウレアおねえちゃんは、とても優しくしてくれるです。なのに、嘘つくなんて」
「実は敵だったとか、そういうんじゃなかったんでいいんすよ、本当に。むしろオレ、安心してるんで」
「それじゃ私が納得できないです! 私は……その……あの……本当のことを言うとですね……」
どうしても、言わなければ気がすまないらしい。
だからウレアも待った。
急かさずに、否定もせずに、ただ無言で優しくペルレスを見つめて。
「ウレアおねえちゃんより、年上なんですっ!」
覚悟を決めてからの、カミングアウト――予想だにしない方向から殴られ、ウレアは目を丸くした。
「……へ? と、年上?」
「私の体、年を取らないです。だから顔を隠す必要があるんです」
「年取らないって……人間なんすよね?」
「……たぶん」
ペルレスは自信なさげに言った。
肉体的には人間だ。
心も人間のつもりだ。
それでも、はっきり自分が“人間だ”とは言えなかった。
何せ、彼女自身も自分を疑っているのだから。
「先に言っておきたいんですけど、私はこの村の味方です。本気で人間が生き延びるために力を尽くしたいと思ってるです! けど……私の体質がバレたら、やっぱり疑う人も出てくるです」
「ペリアさんやフィーネさんは、そうじゃないと思うっすけど」
「ラティナはそこまで生ぬるくないです。だから、ウレアおねえちゃんには悪いですけど……黙ってて、貰えないですか」
「ペルレス……いや、ペルレスさんがいいんすかね、年上なら」
「あっ、そこは呼び捨てでお願いしますです! 私も、おねえちゃんって呼んでるですから。そっちのが、ありがたい、です……気持ち悪いかもしれないですけど」
「それは無いんで、マジで。オレのペルレスへの態度が変わるとか、そういうの無いっすから」
「……嬉しいです」
俯き、頬を染めながらはにかむペルレス。
ウレアもキザったらしいセリフだったと自覚があるのか、少し頬を赤らめた。
「じゃあ改めて――オレは、ペルレスが黙っててほしいって言うんなら、それに従うっすよ」
「ありがとうです……本当に、感謝するですっ!」
ポニーテールを振り回しながら勢いよく頭を振るペルレス。
その仕草から、年上っぽい雰囲気は一切感じられなかったが、ウレアは別に彼女の話を疑ってはいなかった。
上級魔術師は常識を超えた人間ばかり。
そういう人間が一人ぐらいいても、何もおかしくはない。
◇◇◇
「見つかんなかったっす」
ウレアは鉱山の前でフィーネに落ち合うと、きっぱりとそう言い切った。
「そうか、ならもう帰っちまったんだろうな。それか、最初からいなかったか」
「無駄足を踏ませて申しわけないっす。貴重な時間なのに」
「いいんだよ。また気になることがあったら呼んでくれよ、喜んで手伝うから」
「かたじけないっす」
「そんじゃ、酒場に向かうか。一杯ぐらいはあたしも付き合ってくよ」
「きっとみんな喜ぶと思うっすよ」
二人は並んで酒場に向かう。
空はすっかり暗くなっていて、明かりすらついていない通りでは、すぐ横にいる相手の表情すらよく見えなかった。
(嘘が苦手なタイプの人間が、なんであたしに嘘を付くのかわかんねえけど……ウレアのことだ、あたしらにとってマイナスになる嘘ではねえんだろうな)
だからほんの一瞬、フィーネが疑いの視線を向けていたことに、ウレアは気づかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます