閉じ込められていた様子のドラゴンを助ける所から物語は始まります。いきなり異世界に飛ばされて困惑するしかないユーヤでしたが、このままここにいても仕方ないと、他のドラゴンを探してみようとふんわりした目的を設定し、ドラゴンの少女と旅立ちます。
「旅」という漢字を象形文字の原型に戻すと、右下の部分は人が二人並んでいる見た目の象形になるのですが、まさにそれが示すように、二人は手をつないで見知らぬ土地を転々とする物語。
言葉が通じず、知らない文化がそこにはあって、身振り手振りでなんとか衣食住を確保していきます。お金だけはたくさんある事、荷物がいくらでも入る便利な鞄の存在で、彼らは旅に専念する事ができますが、それでも結構大変。
また治安も問題ないようで、盗賊やモンスターに襲われるような危機はありません。そういう血沸き肉躍るような冒険はありませんが、初めての土地で知らない人に話しかける緊張感がとんでもなくて、戦闘が無くてもドキドキハラハラしつつ、気付けば彼らと一緒に旅をしているような気分になっているという。
スローライフ、もとい、スロートラベルもの、という感じでしょうか。
新しい土地の風景を見て、その土地独特の文化に触れ、現地の美味しいものを食べて、時に歌い踊り、その思い出の記念のようにお土産ものを手に入れ、出会った人たちとの思い出に浸る。
異世界ならではの風景も、特殊な文化も、いつしか実在するかのように感じ取られ、彼らの旅を堪能していると、気付けばこの文字数を余裕で踏破していました。
これは、突然異世界に飛ばされてしまったユーヤと、ひとりぼっちのドラゴンの少女シルの、ドラゴンを探す旅の物語です。
けれど、私としてはまずこの小説を「旅行を楽しむように」読んでいただきたい。異世界の美しい風景、見たことのない美味しそうな食べ物、知らない言葉、不思議な文化。それが本当に鮮やかに、丁寧に、においや味や温度まで感じるように描かれています。
さらりと読むだけで白昼夢のようにハッキリ脳裏に描かれる情景を、ユーヤとシルの二人と一緒に一つひとつ探って、体験して、知ってゆく読書体験。それこそが、この物語を私の中で特別な宝物にしてくれていると思います。
そして、全然違う生き物だけれど仲良しな二人が、旅を経て少しずつ互いの影響を受け、やわらかな愛情を育て、近しい存在になってゆくところも見どころ!
素敵なポイントがたくさんありますが、もちろん、物語の本筋であるドラゴンの謎も、その存在を忘れさせてはくれません。
最後の方は特に……詳細は伏せますが、固唾を飲んで一気読みしました! こんなに静かなのに濃厚な盛り上がり方をする物語を読んだのは初めてです。
隅から隅まで魅力が詰まっていますので、ぜひまずは一章、読んでみてください。
異世界転移してきた高校生のユーヤと、そこで出会ったドラゴンの少女、シル。
他のドラゴンを探そうと始まった旅は二人にとってよくわからないことだらけで、ろくに言葉も通じない中、いろいろな人に助けてもらいながら進みます。
美味しいご飯を食べたり、綺麗な景色を見たり、不思議な風習を体験してみたり……。
少しずつ旅の楽しさを知ってゆくシルが大変可愛らしく、二人の距離感の変化には何度も和やかな気持ちになりました。
また、お話はユーヤの視点で語られますが、各章の終わりにある地域ガイドもオススメです。ユーヤにはわからないままだった物事の解説であったり、その地域に伝わる信仰であったりと、この世界により深く入り込むことができます。
そして最後まで読んで振り返ると、あの地域ではあんなものを食べてたな、あんな物を買っていたな、と素敵な思い出になっていることに気がつきました。
ただの読者としてだけでなく、一緒に旅をしていたような気分になれるところが魅力的です。
あたたかくて、美味しくて、興味深い旅物語。
是非、堪能してみてください。
導入は異世界転移。
主人公のユーヤはドラゴン、シルを助け、少女の姿になったシルと目的のない旅をする。
立ち寄る所は言葉が通じませんが、土地土地のガイドがいて、言葉を学び、文化を知り、美味いものを飲み食いする。
なんかね、休日にてきとうに車を走らせて、気になったとこで止まり、知らないものを食べて、土産物屋の婆ちゃんに話を聞かせてもらう。まさにそんな感じ。
これだけでも満足ですが、ユーヤとシルの距離感がいい。最初は遠慮していても、ちょっとしたすれ違いで拗ねちゃったりして、もう。もう!
個人的には寝る前に節を一つ読むのがオススメです。いい夢みれますぜ!
主人公が理由もわからず異世界に来てしまう——古今東西、特に最近はそんな物語が溢れていますが、この物語のひとつの大きな特徴は、主人公ユーヤが最初に出会ったドラゴンの少女シル以外とは言葉が通じない、ということです。
ドラゴンなら強大な力を持っていて、誰とでも話せる、だから大丈夫——そう思いました? 残念! なんとシルは自分のことさえよくわからず、世界のことも言葉も何もわかりません。ある意味ユーヤ以上に世界の迷子です。
そんな二人が「何か」を探して旅する物語。
まず心惹かれるのが、何だかよくわからないのにとっても美味しそうな食べ物たち! とろける何か、蜂蜜のようなものがかかった甘そうなお菓子。それを満面の笑顔で食べているシル。訳のわからない世界にいながらも、なんとも美味しそうで、苦労は多いのにどこかほのぼのして温かい気持ちになってしまいます。
そして、世界の描写だけでなく、主人公ユーヤが現地の人々と身振り手振りやそれまで学んだカタコトの言葉を使って、少しずつ言葉の意味を理解していく過程がとても興味深いのです。
二章で何度も登場する「アメティ」という言葉、現地の人々と交流していくうちにその意味がわかったとき、わあ! と本当に異国を旅している気分でとても楽しくなってしまいました。
新しい言葉が出てくるたびに、この言葉はどんな意味なんだろう、この人たちは一体どんな人々なんだろう、そんな風に世界を深く楽しめる素晴らしい作品です。
こんなご時世だからこそ、この物語で、まだ見ぬ世界を新鮮な気持ちで旅してみませんか?