第61話 毛玉の正体
「やつらはオークか……こんな場所まで」
北と東は安全だと思ったが、すでにこの周辺にも魔王軍は進出していたようだ。
まあ先程の慌てぶりを見るに、北の方で手痛い敗北を喫したと見えるが。矢傷を見るに、恐らくは人間相手に。
イリアは去っていくオークを警戒しながら言う。
「……この周辺も安全とは言えそうもないですね」
「ああ。あえて辺境を迂回しようとしていたのかもしれない……ムスぺさん。唐突で悪いが、俺たちと手を組まないか?」
ムスぺは首を傾げた。
「手を組む?」
「ああ。俺たちの住んでいる西では、亜人が手を取り合って生活をしている。その仲間になってくれないかなと思って」
「そんな集まりが……私どもも仲間が増えるのは歓迎です。ただ、私たちにできることと言えば……」
ムスぺは周囲を駆けまわる毛玉に目を向ける。
毛玉は近くにいたネズミを追いかけていたようだ。
「せいぜい、ああいったネズミを捕まえたり、木の実を取ることぐらい。手を組むのなら、こちらも何か提供できるものがなければ……」
「いや、こちらとしてはこの周囲を見張ってくれるだけでもありがたい。道具は提供する」
「どう、ぐ……ですか」
ムスぺは再び首を傾げた。
すると、隣にいた妻のニヴルが口を開く。
「あなた。私たちの先祖も使っていた道具のことでは? ヨシュア様、その道具というのは手で使うものですよね?」
ニヴルは毛玉の前を少しもぞもぞとさせた。
「あなたたちにも、手が?」
「ええ。このように、毛から出すことはできませんが」
「なるほど……」
どうやら、あの毛玉の下には手があるらしい。ユミルの歩き方を見て分かったが、きっと脚もあるのだろう。
では、どうして毛を生やしたままにしているのだろう。防寒のためか?
ニヴルに訊ねてみる。
「その毛は切らないので?」
「切らない、というよりは切れないのです。私たちは生まれつきこうなのですが、掟では毛は決して切ってはならぬとされています。灰を吸ってしまうからだそうですが……」
「灰は……見当たらないが」
「……ええ。なので、私たちも掟はそこまで気にしてはおりません。ただ、この毛は硬く……石では切れないのです」
「そういうことか……ちょっと待ってくれ」
俺は魔法工房で簡単な鉄のハサミを作った。
「ユミル。これで、君の毛を切ってもいいか?」
「ワシの毛か? もちろんじゃ!」
「よし……うん? 確かに硬いな」
これはモープの毛より硬いかもしれない。
「確かに切れない……」
俺が言うと、イリアが刀を構える。
「それでは、私の刀で斬りましょうか?」
ユミルは「ひいっ」とぶるぶる震えだした。
「イリア、それはさすがに危険すぎる……竜の爪を試してみるよ」
俺は竜の爪を削り、ハサミを作成した。
「これならどうかな……お、斬れるな」
どうやらいい素材のハサミでないと切れないようだ。
俺の風魔法のほうは……これでも切れるな。
毛が落ちる度に、ユミルも嬉しそうに声を上げる。
「おお、なんだか体が軽くなっていくのじゃ!」
「嫌じゃなければ、もっと切ってもいいか? 寒ければ、服や靴は用意するから」
「うむ、よろしくなのじゃ!」
俺はさらに毛を切り続けた。
すると、次第に毛の向こうに明るい色が見えてきた。
人の肌ような……いや、だいぶ色白だが。
「これは……肌? ちょっと、待ってろ」
毛の根本を辿り、俺はその近くを切っていく。
次第に露わになったのは、人間のような手足だった。
まだ胴体部分は毛で覆われているが、人や亜人に近い手足をしている。
ユミルは子供だからか知らないが、少し丸っこい感じの胴体だ。
「……い、イリア。ユミルと女性たちの毛を切ってくれるか? 俺はムスぺさんと男性の毛を切る」
「かしこまりました!」
イリアはそう言ってユミルやニヴル、他の女性たちの毛を切っていく。
俺は最初にムスぺの毛を風魔法で切ったのだが、頭と下半身の毛を少し残して、手を止めた。
「……に、人間?」
ムスぺはまるで人間のような見た目をしていたのだ。
だが、普通の人間と比べ背は低く、ずんぐりとしている。
鬼人の角があるわけでもない。彼らは……
「まさか……あなたたちはドワーフか?」
「どわーふ……? 存じ上げませんが、あなた方は私たちをそう呼ばれるのですか?」
「あ、ああ。鍛冶と採鉱に秀でた、力強い種族──滅びたとされる、伝説の亜人族だ」
俺が言うと、ムスぺはふははと笑った。
「伝説などと、とんでもない! 我らはコウモリと変わらない生き物ですよ!」
「あなた方の先祖は何らかの理由で、そういう生活を余儀なくされたのかもしれない……ムスぺさん。これを持ってもらえるか?」
俺は鉄のツルハシを作って、それをムスぺに渡した。
「これは……? いや、なんだか初めて持つ気がしない」
「それは岩を掘る道具です」
「岩を掘る……やり方は……いや」
ムスぺは俺の説明も聞かず、地面にツルハシを数回叩きつけた。
すると地面に綺麗な亀裂ができていく。
初めてでここまで綺麗に削れるとは。
彼の腕力が優れているだけではなく、やり方も自然と分かるのかもしれない。人が何も教わらずとも、息をするように。
伝説では、ドワーフは赤ん坊のころから金槌やツルハシを巧みに扱えたようだ。
しかしムスぺは困惑している。
「な、なんでしょうか……なぜか、使い方が分かるようです」
「父上、ワシもやってみたい!」
ユミルはそう言って、ツルハシを振った。
「おお、面白い!」
ユミルもまた、ムスぺ同様岩を上手く掘れるようだ。
それを見た他のペレクス族の者たちは、我も我もとツルハシに群がる。
俺はこの後、毛を切るだけでなく、皆のツルハシも作ってあげた。
ちょうどそれが終わる頃、メッテとメルクが食料を運ぶスライムたちと一緒にやってくるのだった。
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