第59話 喋る毛玉でした!

「メッメー! なんなんっすか、こいつは!? 人様の乳を勝手に飲むなんて!」


 セレスが声を上げると、他のモープも何かに気付いたように口を開く。


「あっ! そいつ、さっき勝手に俺っちの乳も飲んだやつっす!」

「メッメー! ワイも勝手に飲まれたっす! こいつが犯人だったすか!」

「許さないっす! 変態っす!! 乳泥棒っす!」


 モープたちはわあわあと騒ぎ始める。


 俺はそんなモープたちに声をかける。


「まあまあ! しっかし、なんて種族だ?」


 真っ黒な毛で覆われた毛玉……モープたちも毛玉と呼ぶに相応しい見た目だが、ちゃんと顔は見える。


 でも、目の前でセレスの乳を飲むこいつは、顔はおろか目も見えない。手足や胴体の区別もつかない、毛玉そのものだ。


「言葉は通じるようですが……ともかくお腹を空かせているようですね」


 イリアが呟くと、メルクは狼の姿ですぐに魚を咥えてやってきた。


 メルクは毛玉に魚をあげるようだ。


「お魚。食べる?」

「おお、これはありがたい! なんとも、ありがたいのう!」


 毛玉は頭を下げる……というよりは体を縦に傾けて、魚を目にもとまらぬ速さで毛玉の中に引きずり込んだ。


 もしゃもしゃという音を聞くに、口がある生き物なのは間違いなさそうだ。


 遠慮がないな……そして落ち着きがない。

 それに老人のような毛玉の口調だが、子供のような高い声だ。


 亜人、魔物……ううむ。分からん。

 

 とりあえず、毛玉は魚に満足したようで「美味しかったの―」と呟く。


 だから声を掛けてみる。


「えっと、俺はヨシュアだ。君は?」

「ワシか? ワシはユミルだ!」

「ユミルか。君たちの種族……いや、仲間皆を表す名前はあるかい?」

「仲間の名前……ペレクス族じゃ!」

「ペレクス族か。イリア、聞いたことは?」


 イリアは首を横に振った。村の長老にも声を掛けるが、やはり分からないようだ。


 俺はエクレシアとメルクにも目を向けるが、二人とも知らないと首を振る。


 鬼人、人狼、エントも知らない種族。

 恐らく、天狗も分からないだろうな。


「ユミル。君の仲間や、家はどこにある?」

「……い、え? なんじゃ、それ? ワシは、洞窟で家族と住んでいたのじゃが……」


 ユミルは遠く東の山を指さすと、急にぷるぷると震える。


 表情は分からないが、泣いているようだ。


「家族になんかあったみたいだな?」

「うむ……突如、山が震えてな……洞窟が閉じ込められてしまったのじゃ」

「地震か……君だけ逃げてきたのか?」

「ワシは小さいから、なんとか岩の隙間から出してもらったのじゃ……じゃが、その穴も崩れて……なんとか岩をどかそうとしたのじゃが」


 ユミルは声を震わせ続けた。


「どうにもならなかった……やがて皆、ワシだけでも生き延びるよう、離れよと言った。じゃが、ワシも皆を助けたい……だから、力のある者に救助を頼もうとしたのじゃが、腹が減りに減っておって」

「なるほど。それでモープたちに」


 俺の声に、ユミルは頷くように体を縦に傾ける。


「どうか、ワシの仲間を助けてはくれんか?」


 その問いかけに、俺はイリアと目を合わせた。


 するとイリアは力強く頷いた。


「ユミル、俺たちが助けに行くよ」

「ほ、本当か!? 助かるのじゃ! ありがとうなのじゃ!」


 ユミルは毛玉からだばだばと水を流した。多分、涙だと思う。


 こうして俺たちは、東にある洞窟へと向かうのだった。

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