第17話 廃鉱が使えるようになりました!
──なんだか気持ちがいいな。この腹の上の。
なんだろう……ふかふかでもふもふで、いつまでも撫でてられる。
後頭部を包むプニプニとした感覚……スライムのウィズのとは違う肌触りに、俺は思わず顔がにやけるのが感じた。
え、もふもふ?
俺は目を覚まし、上半身を起こした。
すると、俺の腹で小さく丸まる少女が。
まだ十歳前半ぐらいの、ふんわりとした灰色のショートカットの女の子だ。
「え? ……誰?」
鬼人族の女の子だろうか?
でも、角は見えない。
代わりにふさふさの耳と、もふもふのしっぽが生えている。
「ふぁあ……あ、おはよーヨシュア」
女の子は片目だけを薄く開け、俺に言った。
「え、えっと……メルク?」
「うん、そうだよ」
女の子はメルクだった。
そりゃ人狼だ。普通は、人間の姿をしていて当然である。
でもちょっと意外だ。もう少し幼い子だと思っていた。
「お、おはよう。俺の名前知ってたんだね」
「うん、イリアから教えてもらった。私のダンナさんだって。で、メッテがそれは違う私だって、夜中まで二人ともうるさかった」
俺はよだれを垂らして寝るメッテと、涼し気な顔で寝るイリアに目を移す。うるさいぐらいにいびきを立てるメッテと違い、イリアのほうはなんだか不気味なぐらい静かだ。なんか、目も一瞬開いたような……
この村から俺を出したくないのだろうが、そんなに必死にならなくても、俺はしばらくここにいるのに……
少しすると、何事もないようにイリアが起きる。
「あ、おはようございます、ヨシュア様。今日は廃鉱へ行く日でしたね」
「あ、ああ。そうだったな。よろしく頼む」
俺が言うと、メルクが腹をぽんぽんと叩く。
「メルクも……付いていきたい」
「ああ、いいよ」
俺はイリアとメルクと共に、廃鉱へと向かった。
……あ、ウィズはいつでも一緒だ。今は俺のポーチに隠れている。
留守の襲撃はメッテに任せ、鬼人と人狼との取り決めはそれぞれの長老に任せることにした。
それでも、なるべく早く廃鉱の視察を済ませ、戻ったほうがいいだろう。何が来るとも分からない。
移動は、馬が手に入ったおかげで何も苦労しなかった。
鬼人たちには昨日、乗馬を教えていた。
その中ですぐに乗馬ができるようになった五人が、俺たちについてきている。
皆、つるはしを持たせているので、そこで採掘を覚えてもらおうというわけだ。
しかし、イリアはまだ乗馬が達者でなかった。
なので、俺はイリアを前にして、馬を走らせている。
イリアが前方を指差す。
「ヨシュア様、あの大木を右です!」
「あ、ああ分かった」
なんだか落ち着かないな。
さっきまで一緒に寝てたわけだが、さらに密着してる気がする。
一方で、メルクは狼の姿のまま、俺たちと並走していた。
俺たちをよく追い越していくのも見えた。
力の抜けた喋り方と違って、走りは機敏そのものだ。
まあ、この奴隷狩りの馬は軍馬ではなく、ただの荷馬。
あまりスピードは出ないから、メルクに抜かれても仕方ない。
そんなこんなで、俺たちは廃鉱の前へとやってきた。
「ここか……確かに鉱山らしく見えるな」
入り口の壁を見るに、人工的に削られた跡がある。
ここが昔鉱山だったことは間違いない。
「よし、俺とイリアで中の様子を見てくる。後の皆はここで待機してくれ。異変があったら、叫ぶんだ」
鬼人たちはうんと頷いた。
「メルクも入る」
しかしメルクはついてくる気満々だ。
「いや、中は危険だ」
「大丈夫。何かいたら、メルクはすぐにわかる」
俺の言葉に、メルクは淡々と言い放った。
人狼は一般に、犬と同等以上嗅覚や聴覚を持つ。
俺やイリアよりも、確かに危険を察知しやすい。
「分かった。それじゃあ一緒に来てくれ。トーチ──」
俺は自分の周囲に魔法で光の球を浮かべ、イリアとメルクと一緒に洞窟へと入った。
イリアの話によれば、この中に入った鬼人はいないという。
というのは、こういう穴は熊の住処で近寄ってはいけないという教えを、皆が守っていたからのようだ。
たしかに、何かしらの住処になっていてもおかしくないよな……
俺は周囲を警戒しながら、前へと進んだ。
今のところ見えるのは蜘蛛などの虫や、コウモリ。
しかし、やがて光る壁が見えてきた。
「おお、これは鉄鉱石だな。銅や石炭も見える……鋼も作れるぞ。これを探してたんだ」
「それは良かったです! 昔からきっと何かあるとは思ってたんですよ」
イリアは嬉しそうに言った。
だが突如、メルクが声を発した。
「……ヨシュア、何かがくる!!」
「本当か?」
俺は洞窟の奥底に向かって構えた。
「確かに……いや、この音は」
イリアも刀を構えると、メルクも頷く。
「イリアも気付いた? 多分ヘビ……でび……なんだっけ」
「デビルスネークでしょうね……」
イリアの声に、メリアは「それ」と答えた。
デビルスネークはヘビ型の魔物で、人やあらゆる獣を丸呑みにする。
大きさは人間を三人つなげたぐらいだ。
口から出る毒は、あらゆるもの痺れさせる強力なもので、人間もよく毒薬として用いている。。
しゃあという独特な鳴き声が特徴なので、すぐにメルクたちも分かったのだろう。
強力な魔物だが、倒せない相手では……いや!
目の前に現れたのは、普通の三倍はあろう大きなデビルスネークだった。
口を開け、毒を放とうとしている。
とっさに俺は、皆にマジックシールドを掛けた。
しかしそれと同時に、イリアとメルクが飛び出す。
「二人とも、危険だ! っな!?」
心配はいらなかった。
デビルスネークはすぐにメルクの爪、イリアの刀で首を斬り落とされた。
「……メルク、怪我はありませんか?」
「ううん。イリアは?」
……強い。イリアは分かっていたが、メルクもすごいな。
だがそのメルクはまたも声を上げた。
「ヨシュア……また、前から何かが来る。今度はいっぱい!」
いつもは無表情だったメルクだが、少し焦ったような顔をしている。
つまり、かなり多数の何かがやってくるのだろう。
俺は再びマジックシールドを展開する。
「……皆、無理はするな。もしものときは、岩で坑道を塞ぐ……」
せっかくの鉱山だが、安全に掘れないのでは意味がない。
倒せる相手でなければ、ここから逃げよう。
そう思った時だった。
俺のポーチから、スライムのウィズが飛び出す。
「ウィズ、どうした!? 今は危険だ!」
いつもは賢く、俺の困る事など一切しないウィズ。
こんな勝手なことをするのは、とても珍しい。
だが、その理由はすぐに分かった。
俺たちの前に現れたのは、スライムの大群だったのだ。
「スライムがこんなに!?」
人間の住む北方でも、こういった洞窟などではまだ生息していたりする。
ウィズもそんなスライムの一体だった。
迫るスライムに、ただ一匹で向かうウィズ。
「戻れ、ウィズ!」
だがウィズはぴょんぴょんと向かっていくだけだ。
俺はウィズにマジックシールドを精一杯展開する。
すると、スライムの大群は突如足を止めた。
そしてウィズはそんなスライムの前で飛び跳ねたり、体をくねくねとさせ、何かを伝えるような動きをとる。
それが一分ほど続いただろうか。
ウィズは俺の前にやってきて、体を変形させた。
丸……なんだか知らないが、いいってことだろうか?
「ここを使ってもいいのか?」
俺が訊ねると、スライムたちはうんうんと頷くのだった。
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