第125話 チケット

4年後。


行き交う人々の雑踏の中、駅のホームに立ち、電車を待っていた。


アナウンスが聞こえた少し後、電車が来ると同時に突風が巻き起こり、茶色く、長くなった髪を舞い踊らせる。


片手で髪を抑えた後、ヒールの踵を鳴らしながら電車に乗り込み、向かいのドアにもたれかかった。


窓の外を流れる景色は、広い川を超えると姿を変え、風に揺られる緑豊かな木々から、無表情なコンクリートの塊へと姿を変える。


ふと足元に目を向けると、ずっと着けていたミサンガが切れかけていた。


赤と黒と白がいびつに並んでいる、切れかけたミサンガに手を伸ばすと、ミサンガは力が抜けたようにポトっと床に落ちる。


『気に入ってたのに…』


小さくため息をつきながらそれを拾い、赤と白のミサンガがついているポーチの横ポケットにしまい込んだ。



何度か乗り換えをした後、目的地に近づくと同時に、周囲の声が耳に入ってくる。


「あのルーキーやばくね?」


「いやいや、ヤバいのはチャンピオンだろ? 超スパーウルトラルーキーだぜ?」


『なんじゃそりゃ…』


頭の中で悪態をつきながら歩き、目的地に向かっていた。



1歩近づくたびに、あちらこちらに置かれた看板が視界に入り、嫌でもその文字が見えてしまう。


目的地である会場入り口に着くと、その文字はより大きさを増し、入り口の上にデカデカと飾られていた。



【ライト級世界王者:中田 義人(東条ジム:代表 中田 秀人)vs挑戦者:菊沢 奏介(中田ジム:代表 中田 英雄)】



『なんでジムオーナーの名前? つーか中田率高くね?』


そんな事を考えながら、入り口に向かって歩いていると、周囲の声が自然と耳に入る。


「ヤバいっしょ! 中田対中田だぜ! 義人は英雄の実の息子で、育ての親が秀人なんだぜ。 しかも奏介は、英雄が小さいころから手塩にかけて育てた、実の息子みたいな存在なんだって!」


「元々は中田ジムで一緒だったけど、めっちゃ仲悪かったって話だよな!!」


『うん。 絶対違う』なんてことは言えず、近くにいた係員に声をかけた。


「このチケットって、入り口ここでいいんですか?」


青で縁取られた黒いチケットを見せると、係員は慌てたようにインカムで話し、「少々お待ちください」とだけ告げてくる。


『やっぱり正面じゃないんだ… 変な色だもんね』


そう思いながら、青で縁取られた黒いチケットを眺めていた。



このチケットを貰ったのは数日前。


半年前の試合で世界チャンピオンになったヨシ兄が、いきなり会社に来て、上司に「タイトル戦の日、千歳を早退させて会場に来させなきゃ、CM契約更新しない」と切り出していた。


ヨシ兄のCMのおかげで売り上げが伸びていたし、破格でCMの仕事を引き受けてくれたせいか、上司は朝から私に向かって「絶対に行けよ」と軽い脅しをかけてくる。


まだまだ仕事が残っていたんだけど、昼休みになると同時に、上司は私を半ば無理やり早退させていた。



しばらく待っていると、スーツにスタッフジャンパーを着た中年男性が駆け寄り「こちらです」と言いながら、小走りでどこかへ向かう。


ヒールの踵を鳴らしながらその人を追いかけ【STAFF ONLY】と書かれたドアの中に入っていた。



忙しなく行き交う人々をかき分け、中年男性を追いかけて歩く。


『秀人さんに会うの久しぶりだなぁ… 半年ぶり? 指名試合だからって、ランキングにやっと入った相手を指名するって… ヨシ兄らしいよなぁ…』


そう思いながら歩いていると、自販機コーナーの近くでは、テレビで見たことのあるアナウンサーが、スタッフと缶コーヒーを飲みながら打ち合わせをしている。


『あの人知ってる。 前にうちの会社に取材しに来たっけ。 あの人も見たことある。 しっかし、注目されてますねぇ… 世界タイトル戦だから当たり前か。 そういえば奏介にメールしてないや… 日本を出てからだから、4年ちょっと? 絶対怒られるよな… 奢れば許してくれるかな… 超金欠だけど…』


小走りでどんどん進んでいく中年男性を追いかけ、長い髪を揺らしながら歩いていた。

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