第108話 バレンタイン
奏介と凌君がプロテストを合格し、二人は手当たり次第に公式戦を受けていた。
それだけではなく、東条ジムと中田ジムの交流も深まり、招待試合のある時は、ポツポツと家の周囲に人が集まるように。
昔のように、聞き分けのない人はおらず、高山さんが注意をするとみんな帰ってくれるから、危険な目に合うこともなく、家に入れなくて困ることもなかった。
冬休みを終えたんだけど、まだ走ることは叶わず、体育の授業は課題をこなす日々。
谷垣さんは、私の陸上部での記録や、キックボクシングでの記録を評価してくれたおかげで、課題はすぐに終わるものが多かった。
奏介は公式戦が近くなると、昼休みにボクシング場で縄跳びやシャドウボクシングをしていたから、ベンチに座ってそれを眺めていた。
月日が過ぎ、1月の終わりを迎えると同時に、早苗が「バレンタインあげるの?」と切り出してきた。
「そう言えばそんなものあったねぇ」
「うちで一緒に作らない? 美奈と作ろうって話になったんだよね」
「いいよ。 何作るか決めたら、カズ兄にレシピ聞いておく」
早苗はさっそく美奈の元へ行き、何を作るか相談した結果、プチガトーショコラを作ることに。
帰宅後、カズ兄にレシピを書いて貰ったんだけど、かなり細かく書いてあり『やっぱり料理は向いてないな』と改めて実感。
バレンタイン前日には、早苗の家でプチガトーショコラを作っていたんだけど、いざやってみると結構楽しい。
カズ兄とオーナーが作っている姿を思い出しながら完成させ、早苗と美奈が買ってきた袋に詰め、3人でラッピングしていた。
バレンタイン当日。
ラッピングされたガトーショコラをカバンに入れ、学校に行ったんだけど、渡すタイミングがつかめないまま学校に着いていた。
散々迷った結果、帰り際、奏介におじいちゃんの家の前で渡すことに。
昼休みになると、千夏ちゃんや女子陸上部子たちだけではなく、各学年の女子たちが教室に来るなり、私にチョコレートを渡してきた。
その勢いに圧倒されていたんだけど、あまりにも大量に貰ってしまい、美奈は呆れたように「男子力はまだ健在か…」と、呟いていた。
このままじゃ持ち帰ることすらできないから、坂本さんから大きな紙袋をもらい、持ち帰ることにしたんだけど、放課後、奏介は玄関で私を見つけ「なにそれ?」と切り出してきた。
「チョコ」
「すさまじい量だな…」
「カズ兄はこの5倍貰ってたよ」
「カズさん、男から見てもカッコいいもんな。 学生時代は相当モテたと思うよ」
奏介はそう言いながら、紙袋を持って歩き始める。
話しながら歩き、おじいちゃんの家の前で袋と交換するように手渡すと、奏介は驚いた表情の後、「やべぇ… トレーニング、さぼっていい?」と、嬉しそうに切り出してきた。
「ダメだよ。 父さんに殺されちゃうから」
「ちょっとだけなら大丈夫じゃね?」
「ダメ! さっさと行け!」
奏介は不貞腐れたような表情の後、「しゃーねーなぁ… 夜、ラインする」と言い、走り出していた。
『生まれて初めてバレンタインに渡したかも…』
そう思いながら、小さくなっていく大きな背中を、ずっと見つめていた。
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