第83話 喧嘩

薫君の話を聞いた後、更衣室に行き、着替えていたんだけど、苛立ちは募るばかり。



『着けてるよ』と言って見せてきたミサンガは、私があげたものではなく自分で作ったもの。


最初から、正直に全て話してくれればよかったのに、何も話さず、みんなとグルになって騙すような行為をしていたことが…


試合に負けて、京香と付き合い始めたのに…


部長が平然と嘘をついていたことも、薫君が話さなかったら、何も知らないままでいたことも、ジムに通っているみんなで黙っていたことも…


ボクシング部に関わる人々、みんなの事がどうしても許せなかった。



着替え終えた後、更衣室を出ると、奏介はトレーニングウェアのまま、向かいから駆け寄り「すぐ着替えるから待ってて!」と切り出してくる。


何も聞こえないふりをし、まっすぐに玄関へ向かおうとすると、奏介は私の腕をつかみ「千歳? 聞いてる?」と不思議そうな顔をしながら聞いてきた。


何食わぬ顔で言ってくるその表情に苛立ち、黙ったまま手を振り払い、すぐ横にある体育棟職員室へ。


「谷垣さん、ボクシング部やめるわ。 陸上部一本にする」と切り出すと、奏介は私の腕をつかみ「何言ってんだよ!! 谷垣さん、今のウソ!! 冗談!!」と言っていたんだけど、すぐに腕を振り払い、黙ったまま坂本さんの元へ向かおうとしていた。


再度、奏介は私の腕をつかみ、慌てたように切り出してきた。


「ちょっと待てって! なんなんだよ急に…」


「大会あるから移動する。 なんか文句あんの?」


「大会って… 去年は移動しなかったろ?」


「してた」


それだけ言った後、手を振り払い、まっすぐに坂本さんの元へ。


坂本さんに「陸上部に入る」と言うと、坂本さんは「ヘルプで来るだろ? 別に移動しなくてもいいぞ?」と言ってきたんだけど、「部活、参加したいから」とだけ言い、その場で入部届を書いていた。



おじいちゃんの家に着いた後、急いで着替え、玄関を飛び出し、土手に向かって走り出す。


奏介から、ラインや着信が来ていたけど、完全に無視をし、スマホの着信をミュートにしたまま就寝。



翌朝、以前は目が覚めると同時に奏介に電話をしていたけど、電話をすることをやめ、ストレッチを開始。


電話をしないことに、小さな罪悪感を感じたけど、『別に頼まれたわけでもないし、しなくてもいいでしょ』と思い続けていた。


ストレッチの後、父さんの自転車と一緒に走り出し、ゆっくりと上っていく朝日を見ながら走っていた。


10キロを走り終え、庭で息を整えていると、父さんが「おお! 久々の38分!」と歓喜の声を上げる。


『皮肉…』


そう思いながら筋トレをし、おじいちゃんの家に向かって走っていた。



普段よりも早い時間におじいちゃんの家を出て、更衣室で着替えた後、陸上部に参加。


早苗は私を見て「あれ? もう練習参加するの?」と不思議そうな顔で聞いてきた。


「陸上部になったから」とだけ言い、グランドを走り出した。



対して変化のない風景を見ながら走り、笛の音が聞こえると同時に早苗のもとへ駆け出す。


呼吸を整えながら、荷物をまとめる早苗の手伝いをしていると、見覚えのある女の子が不安そうに話しかけてきた。


「あの… 陸上部になったって本当ですか?」


「うん。 なんで?」


「嬉しくて…」


「嬉しい?」


「はい! ラインくれなかったので、共通点が出来て光栄だなって…」


その言葉で、以前、荷物を持ったお礼にクッキーを渡されたことを思い出していた。


「あ! あの時の!」


「はい。 菅野千夏です」


顔を赤らめながら言ってくる女の子に、ゾクゾクっと寒気がしていると、早苗は大きなため息をついていた。

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