第82話 隠し事

左足にミサンガをつける意味を知った数日後。



試験休み期間に入ると同時に、部活のためだけに学校へ通うようになっていた。


ある日のこと。


部活を終え、後片付けをしていると、薫君が大きな段ボールを準備していることに気が付いた。


みんながぞろぞろと帰る中、薫君に「それ、何するの?」と聞いてみた。


「新しいミットとグローブが来るから、古いやつをまとめてくれって、谷垣先生に言われたんだ」


「そうなんだ」と言いながら薫君を手伝った後、二人で段ボールを抱えて階段を降りようとすると、階段下から「だったらいいでしょ!!」と怒鳴る女の子の声が聞こえてきた。


思わず薫君と顔を見合わせ、階段下をのぞき込むと、そこには奏介とマネージャーである星野京香ちゃんの姿が。


薫君は慌てたように、小声で「あとやっておくから早く着替えて」と言い、私を更衣室へ追い払おうとしたんだけど、奏介のことが気になってしまい、その場で足を止めていた。


思わず息をひそめて聞いていると、奏介の声はボソボソ言うだけでよく聞こえないんだけど、京香ちゃんの怒鳴り声ははっきりと聞こえてくる。


「英雄との接点ができたんでしょ? 千歳は用済みなんでしょ!? 約束したでしょ!?」


『は? 接点? 用済み? 約束? え? 何言ってんの?』


必死に聞き耳を立てていたんだけど、奏介の声は何を言っているのか聞き取れない。


思わず眉間に皺を寄せていると、薫君が何かを悟ったように「千歳ちゃん、あっち行こう。 ちゃんと話すよ」と切り出してきた。


その場に荷物を置き、体育棟2階にあるベランダに出ると、薫君が切り出してきた。



薫君と部長、そして奏介の3人は同じ中学出身で、中学の時は3人とも卓球部。


中2の時、京香ちゃんが卓球部に入り、奏介に告白をしたんだけど、奏介は「好きな人がいる」と断るばかり。


けど、京香ちゃんは諦めず、毎日のように告白をし続けていた。


奏介は卒業と同時に『中田英雄とその娘』の存在を初めて明かしたまでは良いんだけど、京香ちゃんは諦めることなく、同じ高校へ。


ボクシング部のマネージャーになった途端、奏介はロードワークに向かう途中で毎日のように告白をされ、中学の時と同様、断り続けていたんだけど、ある日、奏介はしびれを切らせ『中田千歳が英雄の娘』という事実と『中田ジムに通っている事実』を暴露。


先日行われた試合直前、部長に私との関係を聞かれた奏介は、「これに優勝したら千歳に告って付き合う」と宣言したんだけど、京香ちゃんはその話に割り込み「負けたら私と付き合って」と言い始め、奏介は「勝ったら俺のことは諦めろ」と断言。


京香ちゃんもそれを了承したんだけど、奏介が勝ちそうになった途端、タオルをリングに投げ込み、奏介の敗北が決まってしまったそうな。



薫君は落ち込むような表情で、呟くように言い始めた。


「試合前、本当に酷かったんだよね。 奏介君のドリンクボトルを割られたり、カバンについてたミサンガを切ったりさ…」


「ミサンガ?」


「うん… 最初は手首に着けてからバンテージを巻いてたんだけど、きつく感じたみたいで、外してカバンに着けてたんだ。 試合終わってから、ミサンガがなくなってることに気が付いて、それで凄い凹んじゃって… 次の日、まったく同じ物を探してたみたいなんだけど、見つからなくて、うちに来たんだ。 『作り方教えてくれ』って。 かなり焦ってたみたいだったから、『僕が作る』って言ったら『それじゃだめだ』って…」


「あの子、サッカー部のマネージャーやりたかったんじゃないの?」


「サッカー部? さぁ? 初耳だけど…」



薫君は「変にとらないで!」と言っていたんだけど、どんどん苛立ちが募っていく。



『お互い隠し事はしないで何でも話すって? グルになって騙して、二股かけてたやつが何言ってんの? 人に言う前に自分がなんでも話すべきだろ…』


苛立ちを抑えきれず、無言でその場を後にしていた。


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