第79話 拒否

帰宅後、父さんに陸上部の大会の相談をすると、父さんは「キックも11月にあるけど、そっちはどうする?」と切り出された。


「11月?」


「ああ。 この前の春大会優勝者は、シード権が与えられるぞ」


「…それって田中も出る?」


「いや、あいつは無期限出場停止になった。 協会関係者が見てる目の前で、あんなことしたら問題になるだろ。 けど、あの決勝に出た子は出るぞ。 お前ともう一度やりたいって連絡がきた」


「ええ… どうしよう… あの子とはやりたいな…」


「日にちが近くなければいいんじゃないのか? 全部出ちまえよ」


父さんはまるでコンビニに行くような感じで軽く言い、頭を抱えることしかできなかった。



夕食後にシャワーを浴びたんだけど、奏介にラインをすると、奏介からは【ロードワーク中だから待って】とメッセージが。



ストレッチをしながら奏介の返事を待っていると、インターホンが鳴り響き、父さんの呼ぶ声が聞こえてきた。


不思議に思いながら1階に降りると、玄関には靴を脱いでいる奏介の姿が。


「あれ? どうしたの?」


「カズさんが売れ残りのプリン持って帰って来たんだけど、大量にあって食べきれないから、ロードワークついでに届けに来た」


奏介はそう言った後、父さんの後を追いかけキッチンに入る。


プリンを食べながら奏介に相談すると、奏介は嬉しそうに切り出してきた。


「個人的に言うと、キックの試合は見たい。 前半、ボクシングだけで相手をKOしてたじゃん。 昔の英雄さん思い出したんだよね。 一瞬のスキを見逃さずに叩き込む感じが、英雄さんそっくりで、見ててワクワクした」


「そう言われると出たくなくなる…」


小さくつぶやくように言うと、父さんは私の頭を手元にあった新聞を丸め、ポカっと叩いてくる。



すると父さんが、奏介に向かって思い出したように切り出した。


「奏介、光って覚えてるか?」


「ええ… まぁ…」


「奏介のメインのトレーナーになりたいって話なんだけど、どうする? 『奏介は第二の中田英雄になる素質があるから、伸ばしてやりたい』って、光が言ってきたんだよ。 あいつが休みの時に、ボランティアで来たいって話なんだが…」


奏介は父さんの話を聞いて固まり、何の返事もしなかったんだけど、少し経つと口を開いた。


「…それってお断りしても良いんですか?」


「なんで!? すごいチャンスじゃん!!」


「俺は英雄さんに教わりたいんだよ!」


「だからって断ることないでしょ!? 光君は父さんの一番弟子みたいなもんなんだよ!? 階級は違うけど、ベルトだって取ったことあるし、絶対お願いしたほうがいいって!!」


思わずムキになってしまうと、父さんが「ちー、落ち着け」と言い、私を制止させる。


「まぁ結論は急いでないし、ゆっくり考えろ」


父さんがため息交じりに言うと、奏介はいきなり立ち上がり「ロードワーク中なので、お邪魔しました」と言い、玄関のほうへ。


慌てて玄関に行き、話しかけても、奏介は後ろを振り返ることなく、勢いよく駆け出してしまった。



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