第72話 プレゼント

奏介とはまともに話さないまま、月日が過ぎ、桜ちゃんのプロテスト前日。



ジムに顔を出すと、桜ちゃんは気合十分な感じでサンドバックに向かっていた。


奏介と部長、陸人くんと学くん、そして凌君までもが、明日の試合に備えるように汗を流し、父さんと高山さんは、静かにそれを見守っていた。



去年の優勝者は奏介だったけど、今年は部長も力をつけているし、凌君もトレーニング日を増やしたおかげで、かなり強くなっている。


奏介も練習不足が解消され、強くなってきたおかげで、誰が勝つかわからない。


他の学校のことはわからないから、予想なんて出来ないんだけど…


ただ、奏介と部長、そして凌君の3人は、かなり良い線まで行くと思っていた。



その日の夜。


トレーニングを終え、自室に戻ると、机に上に小さな紙袋が置いてあるのを見つけていた。


『これなんだっけ?』


そう思いながら袋を開けると、奏介にあげるはずだったミサンガが入っている。


『そうだ! すっかり忘れてた!!』


慌ててそれをポケットに入れ、玄関に向かって駆け出した。



靴を履いていると、父さんが「ちー、どうした?」と声をかけてくる。


「ロードワーク行ってくる」


「え? 今からか? 明日にしろよ」


「明日トレーニングできないから、今日やっちゃう」


そう言った後、玄関を飛び出し、奏介の家に向かって一直線。



ここのところ、まともに話してないのに、頭の中が奏介でいっぱいになる。


後ろを振り返ることもなく、奏介のことを考えながら、勢いよく走り続けていた。



奏介の家の前に着き、窓から光が放たれているのを確認し、息を切らせながらインターホンを鳴らす。


インターホンを鳴らし、少しだけ待っていたんだけど、ドアが開くことも、奏介の声が聞こえてくることもなかった。


軽くイラっとし、勢いよくインターホンを連打すると、中から「うるせー!」という怒鳴り声が聞こえてくる。


声に怯むことなく、連打し続けていると、ドアが開き、奏介の苛立った表情が姿を現した。


苛立った表情は、一瞬で驚きの表情に変わり「あれ? どうした?」と聞いてくる。


「これ、あげる」


そう言いながら紙袋を渡すと、奏介は驚いた表情のままそれを受け取り、中を見た後、クスッと笑っていた。


「お守り?」


「ううん。 ゲーセンで奢ってもらったお礼。 ずっと忘れてた」


そう言いながら笑いかけると、奏介は私の腕を引き寄せ、急に抱きしめてきた。


「んな事されたら、帰したくなくなんだろうが…」


耳元で囁くように言われ、胸の奥がキュンっと締め付けられる。


奏介の優しい匂いが鼻をくすぐると同時に、小声で切り出した。


「…ロードワーク中だったから汗臭いよ?」


「千歳のは気にしねぇよ…」


「…気にしろ。 …バカ」


小さく呟くように言うと、奏介はそっとおでこにキスしてくる。


「…俺、もう無理だ。 千歳のこと、好きすぎておかしくなりそう…」


奏介の小さな声に、何も言えないままでいると、奏介は力強く抱きしめてくる。



少し息苦しいんだけど、どこか優しくて、嬉しくて、安心感さえ覚えていた。


『このままずっとこうしていたい…』


しばらく黙ったまま抱きしめられていると、奏介は小さな声で切り出してきた。


「明日の夜、帰ったらラインして。 言いたいことがあるから」


「…今じゃダメ?」


「明日。 明日勝ったら言うよ。 これ貰ったし、絶対に勝つから」


黙ったままうなずき、奏介の胸に顔を埋めていた。


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