第60話 素直
奏介の提案で、光君が奏介とスパーリングを始めたんだけど、ファイティングポーズをとり、睨み合う二人は、鏡に映ったようにも見える。
『昔の光君だったら、双子って言われてもおかしくないんじゃないかな?』
そんな風に思いながらリングの上を見ていたんだけど、カズ兄も同じことを思ったようで「あの二人、ホント似てるなぁ…」と嬉しそうに呟いていた。
昔、憧れていた人と、今好きな人が戦う姿を見ていると、周囲はトレーニングする手を止め、リングに視線を向けてしまう。
すると、桜ちゃんが隣に座り「どっちに勝ってほしい?」と、いたずらっぽく聞いてきた。
すぐに『奏介』の言葉が思い浮かんだんだけど、言葉を飲み込み、「光君かな?」と言うと、奏介は綺麗に右ストレートを食らい、倒れこんでいた。
周囲から歓声が上がる中、奏介はゆっくりと立ち上がり、ファイティングポーズをとると、さっきよりも大きな歓声が上がる。
「あれを食らって立つかぁ。 あいつ、スゲーな!」
カズ兄は感心したように言い、リングの上を眺めていた。
『倒れるな!』
リングの上で戦う奏介を、祈るように見ていると、奏介は何度もダウンしては立ち上がり、光君に食らいついていく。
圧倒的な経験の差が浮き彫りになり、奏介は左ボディを食らった後に倒れこみ、そのまま立ち上がれずにいた。
父さんはカズ兄に「ちーの部屋、連れてってやれ」と言った後、カズ兄に抱えられた奏介の肩を叩きながら「ナイスファイト」と言い、奏介は嬉しそうに笑みを浮かべる。
慌てて二人の後を追いかけ自宅に戻り、カズ兄は私の部屋へ直行。
スポーツドリンクとアイスバックをもって2階に駆け上がると、カズ兄は「着いててやれ」と言い、ジムへ戻ってしまった。
部屋に入ると、枕元にグローブを置いてベッドで横になり、タオルを目元に乗せている奏介の姿。
タオルの上にアイスバックを乗せると、奏介は「あーきもち~」と、ため息交じりに呟いていた。
「光君に喧嘩売ろうなんて10年早いよ」
呟くように言うと、奏介はクスッと笑い「だな。 腐っても元プロだな」と言い切り、ため息交じりに言っていた。
「どうしても勝ちたかったんだけどなぁ…」
「なんで?」
「千歳の初恋相手だから。 そりゃ勝ちてぇだろ」
「別に… そういうのじゃないし…」
「ホント、素直じゃねぇな」
笑いながら言う、タオルで半分隠された奏介の顔を見ていると、抱きしめたい衝動に襲われてくる。
『素直じゃないか… なんでこんな捻くれちゃったんだろうな…』
そう思いながら奏介の顔を見つめていると、奏介は大きなため息をついていた。
「そろそろ戻るね」と言うと、奏介は力なく「ああ」と言うだけ。
『あれだけ殴られたし、疲れ切ってるだろうから、このまま寝ちゃうかもな…』
ゆっくりと立ち上がった後、布団をかけながら「このまま寝ていいからね」と言うと、奏介は「サンキュ」とだけ。
目元を隠し、力なく横たわる奏介を見ていると、好きな気持ちが大きくなってしまう。
『あ、奏介の事、大好きなんだ…』
自分の素直気持ちがはっきりわかると同時に、力なく横たわる奏介の唇に、自分の唇を重ねていた。
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