第59話 始動

光君が新年の挨拶に来た数日後。


本格的にキックボクシングのトレーニングが始まったんだけど、キックボクシングのトレーナーである吉野さん相手に、キックのミット打ちをしていると、吉野さんは「鍛え抜いただけあって、かなりパワーアップしたな!」と、感動の声を上げていた。


特に、左足キックの時には、感動の声がより一層大きなものに。


ミット打ちを終え、ベンチに座って呼吸を整えていると、奏介が隣に座り「絶好調だな」と言いながらバンテージを巻き始める。


「しばらく休んだし、充電は完璧」と言った後、スポーツドリンクを両手で抱えて一口飲むと、ジムに光君とカズ兄が現れたんだけど…


カズ兄はなぜかトレーニングウェアに身を包んでいた。


嫌ぁな予感がしつつも、カズ兄と光君の方を見ないようにしていたんだけど、カズ兄は吉野さんと話をするなり、「ちー、スパーしようぜ」と言い出す始末。


すぐさま「やだ」と言ったんだけど、カズ兄はノリノリでグローブを嵌めている。


奏介はそれを見て「俺、カズさんがリング上がるところ初めて見るかも」と呟くように言うと、すぐさまカズ兄はリングに上がり「早くしろよ」と言い始める始末。


『やらないと終わんないのね…』


そう思いながらゆっくりとリングに上がり、吉野さんの合図と同時にグローブを軽く合わせ、少し距離を取った瞬間、カズ兄の長い右足が私の脇腹に直撃し、いとも簡単に吹き飛ばされてしまった。


『容赦ねぇ…』


痛む脇腹を押さえながらも、ゆっくりと立ち上がり、ファイティングポーズをとってカズ兄の前へ行ったまでは良いんだけど、カズ兄はどんなに打ち込んでも倒れない。


一瞬の隙をつき、渾身の力を込めて、左のハイキックをカズ兄の首を狙って打ち込むと、左足が首に直撃し、カズ兄は肩膝をついていた。


『よっしゃ!!』っと思ったが最後。


カズ兄はゆっくりと立ち上がり「面白れぇ」と言いながら少し笑った後、ファイティングポーズをとる。


『生きて帰れるかな…』


不安になりながらもカズ兄に向って攻撃を仕掛け、カウンターを食らいまくっていた。



数分後。


奏介に抱えてもらいながらリングから降りると、カズ兄は「面白かった!!」と言いながらリングを降り、満足そうにベンチに座っている。


壁にもたれかかりながら呼吸を整えていると、光君が近づき「いいもん見せてもらった!!」と言いながら、両手で頭をグシャグシャと撫でてきた。


「カズが凄いのは知ってたけど、千歳も本当にすごいな! 特にあの左ハイキック! カズじゃなかったらKOしてるぞ!」


肩で息をしながら、照れ笑いを隠すようにうつむくと、奏介が突然、光君に「俺とやりませんか?」と切り出してきた。


光君は一瞬驚いた後、ニヤッと笑い「上等」と言った後に駆け出し、父さんと話をし始める。


少し話した後、父さんはウェアを貸すようカズ兄に言い、奏介はバンテージを巻き始めていた。


「死なないでよ?」


「死なねぇよ。 俺も本気で動かないとな」


「本気? 何を?」


「内緒」


奏介はそれだけ言うと立ち上がり、グローブを取りに行ってしまった。


『本気っていつも練習は本気でやってんじゃん。 いまさら何言ってんの?』


言葉の意味がよくわからないまま、凌君にグローブを嵌めてもらう奏介の横顔を眺めていた。

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