第53話 やきもち
急いで家に着いたまではいいんだけど、自宅の前でポケットに手を入れると、家の鍵どころか、スマホも無い。
「あ… 鍵忘れた…」
「は? 英雄さんは?」
「カズ兄が忘年会って言ってたから、みんなそっち行ってると思う…」
「え? お前、それでうちに来いとか言ってた訳?」
「だって仕方ないじゃん! 春香が向かってたし、急がないとやばいって思ったし…」
呟くように言った後、玄関の前に座り込むと、奏介は隣に座り、コンビニ袋からスポーツドリンク出し、手渡してきた。
それを一口飲んだんだけど、奏介は少し嬉しそうな顔をしながら「なんで? なんでやばいと思った?」と聞いてくる。
「なんでって… ムカつくじゃん…」
「へぇ~。 ムカつくんだ。 俺とあいつが顔を合わせるとムカつく?」
「うん。 ムカつく」
「それってさ… 『やきもち』って言うの知ってる?」
「違!」
思わず大声で言ってしまうと、奏介は嬉しそうな表情をしながらスマホを取り出し、どこかへ電話をし始めた。
しばらく話した後、奏介は電話を切り「英雄さん、帰って来てくれるって」と言い、スポーツドリンクを一口飲んでいた。
自然と二人とも黙り込み、玄関の前に座っていたんだけど、奏介は突然クスッと笑い「高校生にもなって玄関前で親を待つとか… 普通じゃねぇな」と、嬉しそうに切り出して来た。
「仕方ないじゃん… 普通の家庭じゃないんだし…」
「確かに、親が娘に対してガチスパーリングするって普通の家庭ではないな。 ま、そこが面白いんだけどさ」
「面白くない」
「いや、相当面白いよ。 千歳って英雄さんと同じで行動が全然読めないし、初めて学校でスパーリングしたときも、右利きなのに左でファイティングポーズ取ったし、まさかハイキックしてくるとはなぁ?」
何も言い返すことができず、黙ったまま地面を見ていた。
しばらく黙ったまま地面を見ていると、奏介は「ありがとな。 教えに来てくれて」と切り出し、思わず奏介の顔を見ると、奏介は優しく微笑んでいる。
街灯の光に照らされた奏介は、キラキラと眩しく光って見えた。
それを見た途端、胸の奥がギュッと締め付けられてしまい、慌てて目を逸らし、切り出した。
「…どうするの? 大きいボストンバック持ってたし、家出したのかもよ?」
「英雄さんに相談するよ。 千歳が陸上部に専念してた時、あいつがジムに来たんだよね。 英雄さんに事情を話したら、ブチ切れて追い返してたんだけど、その時に『困ったことがあったらいつでも言え。 うちの会員はみんな俺の家族だから遠慮するな』って言ってくれてさ。 普通、あんなこと言えないぜ? 最高にかっこ良かった」
夢見るような口調でそう呟く奏介の横顔を見ると、どんどん胸の奥が締め付けられてしまう。
自分だけを見てほしい。
奏介を自分だけのモノにしたい。
そう思った瞬間、タクシーが家の前に止まり、父さんと母さんが慌てて駆け寄ってきた。
父さんは鍵を開けると同時に、「奏介、帰れないんだろ? 今日はうちに泊まれ。 明日、荷物取りに行くの手伝ってやる」と切り出した。
奏介は「そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ」と断っていたんだけど、父さんは「偽名を使うなんてろくな奴じゃないし、やきもち焼いて刺される可能性だってあるだろ? 避難しとけ」と言い、家の中へ奏介を招き入れていた。
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