第33話 執念
数日後。
久しぶりにボクシング部に行き、後片付けを終え、一人で学校を後にしようとすると、春香が校門の前に立っていた。
『ありゃ執念だな…』
そう思いながら目の前を通り過ぎようとすると、春香が突然「あの!!」と呼び止めてきた。
呆れながら振り返ると、春香は急に「奏介を返して」と切り出してきた。
「は? 何言ってんの?」
「あなたには大学生の彼がいるんでしょ? 奏介が可哀そうだと思わないの?」
「…あれ、兄貴だけど」
春香は言葉に詰まったように黙り込み、呆れながら歩き始めようとすると、背後から駆け寄る足音が聞こえ、振り返ると奏介が駆け寄ってきた。
奏介はため息をついた後、私に歩み寄り「行こうぜ」と切り出してくる。
そのまま少し歩いていたんだけど、春香が後をついてきていたせいか、奏介は大きくため息をつき、足を止めていた。
「いい加減、しつけぇよ」
「ちゃんと聞いてよ!」
「聞いてあげれば?」と言いながら歩き始めようとすると、奏介は私の腕をつかんだ後、春香をにらみながら「何?」とだけ。
春香は今にも泣きだしそうな表情で、奏介に向かい「二人で話したい」と言っていたんだけど、奏介が拒み続けたせいで、その場で切り出し始めた。
「本当はね、お父さん、ガンで入院中なの。 だから、会わせることができないの」
「父さんって誰の事言ってんの?」
「元世界チャンプの中田英雄。 奏介が会いたがってた人」
春香は今にも零れそうな涙を目に浮かべながら奏介の問いに答え、奏介を真っすぐ見ながら話し始めていた。
どうやら春香が『父親』と言い切る『元世界チャンプの中田英雄』は、全身ガンのステージ4でICUから出ることができず、人工呼吸器を使い、辛うじて呼吸ができる状態のため、「会いたい」と懇願する奏介に会わせることができないらしい。
ただ、一般病棟に移った後なら、会わせることができるから、やり直してほしいとのことだった。
『人工呼吸器で辛うじて呼吸ができる状態? 昨日もめっちゃ怒鳴ってましたが? 飛び跳ねまくってたあれがICUに? 閉じ込めとけよ…』
なんて事は言えないまま、黙って話を聞いていたんだけど、奏介は話を聞いた後、「どう思う?」と私に聞いてきた。
「何が?」
「中田英雄さん、全身ガンのステージ4で、ICUに入ってるんだって」
「秀人さんの間違いじゃない?」
「だったら俺には関係ないな。 俺が憧れてるのは英雄さんだし」
奏介はそう言い切った後、私の腕を引っ張り、歩き始めようとしたが、春香は奏介の前に立ち塞がり「信じてよ!」と怒鳴りつける。
奏介は大きくため息をついた後、呆れたように切り出した。
「この期に及んでまだ嘘つくとかありえなくね? この前の招待試合の時、飛び入り参加してミット打ちしてた人が、俺が憧れてる中田英雄さん。 ちなみにこいつがその娘の中田千歳。 千尋っていうのは、俺の間違いだった」
奏介がはっきりと言い切ると、春香の顔はどんどん青ざめていき、小さく震え始めた。
「行こうぜ」と言いながら腕を引っ張られ、奏介の後を追いかけたんだけど、春香は呼び止めることも、追いかけてくることもなく、その場で立ちすくんでいるだけだった。
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