第32話 呼び方
他校性たちはそのまま解散になり、ヨシ兄のスパーリングに付き合うことになったんだけど、他校生たちは誰一人として帰らず、ベンチに座ったまま。
ヨシ兄は現役のボクシング強豪大学の大学生と言うこともあるせいか、かなり強い。
どんなに打ち込んでもガードは崩れないし、どんなに躱そうとしても、次々にパンチを繰り出されるせいで、ほとんど何もできないままでいた。
リングサイドでヤジを飛ばす部員たちが見守る中、必死に反撃のチャンスを伺っていると、「いけーーー!!」と言う父さんの叫び声が聞こえた瞬間、ヨシ兄の青いグローブが視界を覆いつくし、必死に躱しながら右腕を振りぬいた。
倒れるように座り込むと、左目の上がジンジンと痛み、目を開けられなくなってしまう。
谷垣さんが慌てて駆け寄り「救急箱!!」と叫ぶと、菊沢が慌てたようにリングに上がり、タオルで目の上を抑えていた。
ふと周囲を見ると、わき腹を抑えるヨシ兄の青いグローブには、赤い点が作られている。
『切れたんだ… 通りで痛いわけだ…』
為す術もなく、座り込んだまま呼吸を整えていると、谷垣さんが処置をしてくれたんだけど、ヨシ兄の元に父さんが駆け寄り、少し話した後に私の元へ駆け寄り、傷口を診始めた。
「…何してんの?」
「気になったから来た。 傷は浅いから薬塗っとけば大丈夫だろ。 リング降りて休憩してろ」
菊沢に支えられながらリングを降り、ベンチに座ると、凌君はうちの学校の生徒たちに紛れ込み、部長と話していた。
絆創膏を貼ってくれている菊沢に「凌君、うちの学校になった?」と聞くと、菊沢は笑いながら答えていた。
「うらやましいんじゃね? あの学校、広瀬の奴多いから。 さすがに兄貴相手にキックは出さないんだな」
「ハンデなしだったらボクシングで行くよ」
菊沢は小さく笑った後、グローブを外してくれていた。
その後、谷垣さんにお願いされた父さんとヨシ兄は、他校の生徒を含めた部員たちのミット打ちをした後、凌君と3人で先に帰宅し、後片付けをしていたんだけど、話題はヨシ兄の事ばかり。
部員のほとんどが、ヨシ兄の強さに憧れたのか「俺も中田ジム入ろうかな」と言い始める始末。
「ジムの事は菊沢に言って」と言うと、菊沢はムッとした表情をし「奏介って呼んでほしいんだけど!!」と、語尾を強めていた。
「んじゃアホ沢にする」
「んじゃ俺も千尋って呼ぶ」
「ふざけんな」
くだらない言い合いをした後、結局、お互い下の名前で呼ぶことにしたんだけど、普段、名字で呼んでいたせいか、下の名前で呼びなれず。
何度も名字で呼んでは『千尋』と言われてしまい、かなり苛立ったまま『奏介』と呼んでいた。
その数日後に行われたマラソン大会では、男子が10キロ、女子が5キロ走らなければならず、川沿いにあるスタート地点で軽く足首を回していた。
すると、すぐ隣に陸上部の元部長が立ち、クラスメイトらしき人と話していたんだけど、元部長は「今日は膝の調子が良くないんだよねぇ」と、やたらと大きな声で話し、私の顔を見るなり遠くに離れていた。
何も気にすることなく、男子の先頭集団が見えると同時に、スタートの合図が鳴り響き、元部長はいきなりスタートダッシュを切り、勢いよく走りだしていた。
普段よりも早いペースで走り出したんだけど、2キロ時点で元部長を追い抜くと、元部長は殺気立てながら私の後を追いかけてくる。
部長の殺気を気にすることなく、川に反射された、太陽の光を追いかけるように走り続ける。
ゴールが見えると同時に、男子の先頭集団が私に追いつき、思わず短距離走のように走り始めてしまった。
デッドヒートの末、女子では1位を取れたんだけど、先頭集団の中には陸上部のほかにボクシング部の面々がいて、かなり驚いてしまった。
しばらくすると、元部長はゴールするなり、周囲に膝の痛みを訴え続け、先に帰っていたんだけど、周囲にいたクラスメイトらしき人たちは「絶対嘘だよね。 口だけ女」と、本人がいないことをいいことに、酷い呼び方を繰り返していた。
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