047_初めての迷宮探索後

 


 五日に渡る迷宮探索を終えて地上に帰った。今回は刺客をおびき寄せる意味もあったが、本当に刺客が送られて来たのにはさすがに驚いた。

 だが、その甲斐あって少しだが、敵の尻尾が掴めたかもしれない。とは言え、裏ギルドの幹部が命を賭けて特攻するとは思ってもいなかった。


 地上に戻った俺は、すぐにソーサーから騎士団の状況について報告を受ける。


「まず、規律がかなり緩んでおります。某がいた頃も緩み始めていましたが、数年でここまで緩みが進んでいるとは思ってもいませんでした」


 ソーサーは首を振って、嘆息する。


「騎士団員の中には、自分が騎士団員であるという自覚を持っていない者もおります」


 報告書をめくるソーサーの手が、怒りに震えている。

 一度は離れた騎士団だが、今の騎士団のていたらくに憤慨しているのだろう。


「訓練も緩く、酷い者は訓練をしておりません」


 目を覆いたいくらいの惨状だ。

 騎士団員が守るべき規律、持つべき矜持、行うべき訓練、それらのすべてが崩壊している。


「立て直しにどれほどの時間がかかると思うか?」

「想像もできません。しかし、嘆いているだけでは状況は変わりませんので、付属した訓練計画書を承認いただければと思います」


 報告書と同時に提出されている訓練計画書を開ける。

 それを読んでいき、俺は口角が上がっていくのを感じた。


「この訓練計画書を承認する。今すぐに実行するように」

「はっ! 直ちに実行いたします」


 俺とソーサーから「ふふふ」と笑みが漏れる。

 それを見ていたアーサーは、顔が引きつっている。

 ここは騎士団本部内にある俺の執務室だが、ソーサーとアーサーがいるだけだ。

 騎士団の副団長はもう一人いるが、そいつは俺が迷宮から出てきてすぐに、病気を理由に休職届けを出した。

 他にも騎士長が六人ほど休職届けを出している。自分たちの力がないと、騎士団は成り立たないんだぞという、俺に対する嫌がらせなんだと思う。稚拙なことを考えるものだ。


「今が正念場だと思え。騎士団員の綱紀粛正を行う。今回、休みを取った幹部は、全員の職務を停止し、代理を立てる」

「しかし、代理を立てるにしても、正騎士の多くも派閥の息がかかっていますが?」

「アーサー。お前は俺に従うのだろ?」

「もちろんにございます」

「であれば、お前が懇意にしている他の派閥の首魁で、俺に協力してもいいと言う奴を連れてこい。今が他の派閥を追い落とすチャンスだぞ」

「っ!?」


 俺はにやりとアーサーに笑いかける。

 派閥は一つや二つではない。それこそ小さなものを入れれば両手の指では足りないくらいにある。その中のいくつかの派閥を騎士団から追い出したところで、派閥は残る。

 派閥がいい悪いではなく、あるのであればそれを上手く使うのが、俺の手腕というものだ。その手腕の中には取捨選択も含まれる。

 イエスマンだけを周囲に置く気はないが、騎士として矜持のない奴は不要だ。


「ただし、実力のない奴は容赦なく切り捨てる。それを考えて俺につくか、敵対するか考えろと言ってやれ」

「承知しました」



 ▽▽▽



 迷宮探索の報告をするため、皇帝の執務室を訪れた。

 いつものように礼を尽くして挨拶をすると、楽にするようにと言われる。


「迷宮はどうであったか?」

「モンスターが群れで集まっている場所もあり、小隊規模では攻略が難しい場所もありました。また、騎士の被害が多い原因は、概ね理解したつもりです」

「ほう。理解したのか」

「提出しました報告書にも記載しましたが、まずは騎士の質の低下が著しいと心得ます」


 皇帝は報告書に目を通しながら俺の説明を聞く。

 暗殺のことは報告書に書いてない。裏ギルドについては、秘密裏にことを進めたい。だから、情報を持つ人物の数は少ないほどいい。


「地図を作成していない? なぜそのようなことが放置されていたのだ?」

「前騎士団長が不要だと指示したそうです」

「アストロは迷宮を舐めているのか?」

「アストロは一度も迷宮に入ったことがないとのことです。迷宮の恐ろしさを知らないのでしょう」


 迷宮に入ったことがないどころか、実戦の経験もない。

 それでよく騎士団長になったと思うが、それが騎士団内の派閥の力というものだ。しかも、騎士長たちも迷宮や実戦の経験がない者が多くいる。

 以前からこういった傾向はあったらしいが、今ほど酷くはなかったらしい。


「立て直せるか?」


 皇帝が鋭い視線を向けてきた。できなければ、俺を騎士団長の座から降ろすという目だ。

 そういった厳しい判断ができるから、長く皇帝として君臨できているのだと思う。


「騎士団は国の根幹に係わる重要な組織にございます。やらねばならないと、痛感しております」

「うむ、ならばよし。ゼノキアの好きなようにするがよい」

「はっ、ありがとう存じます」


 皇帝の執務室を辞して、騎士団の本部に向かう。

 その途中で訓練場を覗くと、騎士たちがフル装備で背中に背負い袋を背負って、訓練場内を走っている。

 俺が承認したソーサーの訓練が始まっていて、あの背負い袋には砂が入っていて三十キグムの重量がある。この訓練は休みなしで朝から晩まで、とにかく走り続けるもので精神を追い込むことが目的だ。

 走っている騎士たちの中に、アーサーの姿もある。正騎士であろうと騎士長であろうと関係なく、この訓練を受けてもらう。アーサーがいるのは、副団長でも例外はないと知らしめるための意思表示である。


 アーデン騎士団の新人は、この訓練を最低でも一カ月は行う。そこで基礎体力をつけてもらうのだ。

 アーデン式訓練は始まったばかりだ。重しを背負って走るのは序の口で、今後もっと厳しい訓練が待っている。すべての訓練に耐えた者だけが、騎士団員として残ることができる。

 俺が見るところ、アーサーはまともな騎士だ。昔ながらの厳しい訓練を受け、這い上がった者だ。だから、アーデン式訓練に耐え抜くと信じている。


 自分の執務室に入ると、サキノが待っていた。

 俺がソファーに座ると、サキノをその前のソファーに促す。


「以前、探索者ギルドと合同で行われました、裏ギルド『闇夜の月』壊滅作戦について報告書を手に入れました」


 紙の束を受け取り目を通す。従士ゲランドが言っていたが、十年前に行われた作戦は失敗に終わっている。幹部が全員無事逃げ出したからだ。

 報告書には情報漏洩の可能性を示唆しているが、その証拠はないともある。だが、幹部が全員逃げていることを考えれば、情報が洩れていたのは間違いないだろう。

 報告書には闇夜の月の幹部たちの似顔絵もついており、その一人が迷宮内で俺を狙った刺客によく似ている。 

 この幹部の名前は分かっておらず、コードネームがシークマンというらしい。


「このシークマンは、今でも闇夜の月に所属していたのだな?」

「まだ調査中ではありますが、裏ギルドを抜けることは簡単ではないと思われますので、その可能性が高いと存じます」


 表の稼業と違って、裏稼業は足抜けなんて許さないか。


「分かった。調査を継続してくれ。だが、くれぐれも敵に悟られないように、慎重に頼むぞ」

「承知しております」

「それと、次の迷宮探索では、迷宮魔人の討伐を行う。準備を頼むぞ」

「はっ」


 サキノに指示を出して、騎士団長の仕事を始める。

 最近、魔法や薬の研究ができていない。俺の指示や命令がなくても、騎士団が機能するようになれば、俺も研究に戻れるのだがな。


 

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