032_親王の家臣

 


「―――ですので、殿下がお作りになられました薬を私どもの店で扱わせていただけたらと考えております」


 この四十歳くらいの男性の名前はケルジット・アンバーという。

 アンバー商会という大きな商会の会頭をしている人物で、俺の作る薬を仕入れたいと提案してきたのだ。

 なぜ俺の薬を仕入れたいと提案してきたかというと、半年前に行ったエッガーシェルト家の娘の解呪の話に遡る。


「呪いを受けたエッガーシェルト様のご息女へ処方されました薬の噂は、この帝都で評判になっておいでです」


 呪いを解呪しても死の間際までいったエリーナ嬢は、簡単には回復しないとエッガーシェルト家ではみていた。

 それが、俺の薬を飲んでいたら半月ほどで起き上がることができるようになり、一カ月もすると自力で歩けるようになったのだ。

 そんなことがあってエッガーシェルト官房長が、あちこちで俺のことを褒め称えていて、その話が目の前のアンバーに伝わり今に至るわけだ。


「殿下の魔法の才は某も聞き及んでいましたが、薬に関しても素晴らしい知識と才能がおありになられます!」


 俺の薬を仕入れたいから必死に俺を褒めるが、そう簡単に薬を卸すわけにはいかない。さて、どうしようかな……。


「アンガーの話は分かった」

「では!?」

「検討してから後日連絡を入れる」


 アンガーはここで話を決めたかったようだが、商人という生き物は貴族でも食い物にしようとするので回答は慎重にしないとダメだ。もっとも、親王である俺をだましたら商会が潰されるくらいのことは考えるだろうから、そこまで慎重にならなくてもいいかもしれないが。


 アンガーは帰っていった。

 エッガーシェルト官房長が言いふらしているので、こういう来客が毎日のようにあるのだ。エッガーシェルト官房長にも困ったものだ。


「殿下、アビス准将がお越しになりました」


 アビス准将の名は、今回の面談を申し込まれるまで聞いたことがなかった。

 家臣が集めた資料では五十二歳の男爵で、目立った手柄はないので准将といっても地味な印象を受ける人物だ。


 俺が入室の許可を出すと、入ってきたのはとても軍人とは思えない容姿の人物だった。

 軍服を着ているので軍人なのは分かるが、ひょろっとした冴えない文官のような感じの男性だ。


「初めて御意を得ます、将官はフリアム・アビス准将にございます。殿下」


 この帝国では貴族の位階よりも、軍の階級や行政機関の役職のほうが名乗りに使われる。

 皇帝の孫でも平民になるこの国では、貴族位よりも能力を示す階級や役職のほうが重要視されているからだ。


 目の前にいるアビス准将は五十二歳になっても准将なので、能力は平均といった感じだろうか?

 また、俺に敬礼をして敬意を表したが、その敬礼が堂に入ってない。


「うむ、ゼノキアだ。楽にしろ」

「ありがとうございます」


 さて、アビス准将からはどんな話が出てくるのだろうか?


「准将、今日はどのような用があってきたのだ?」

「はい、某を殿下の麾下きかに加えていただきたく、参上いたしました」


 俺の家臣になりたいということか。こういう売込みは今までにもあったが、多くは断っている。

 サキノも元軍人で准将だったが、サキノは三十歳で准将だったから、そのまま軍にいればアビスと同じ年齢になるころには最低でも中将、普通なら大将になっていただろう。

 それにサキノは平民出身で准将になっているので優秀なのがよく分かるが、男爵で准将は普通だ。

 俺に仕えたいというのはありがたい話だが、いかんせん頼りない。

 目の前にいる頼りなさそうな人物が、五十二歳で准将という普通の出世をしているこの男を、どう評価すればいいのだろうか?


「殿下は私の経歴に目立った功績がないことを、危惧されておいででしょうか?」


 顔に出ていたか?


「なぜ分かった?」

「どのようなお方でも、私の経歴と地位を見て微妙な顔をなさります」


 これまでに何度か自分を売り込んだのかな?


「勘違いをされているようですので訂正をさせていただきますが、将官はこれまで他の親王殿下を始めとして有力貴族の麾下に入ろうと思ったことも、行動に移したこともございません」


 なぜ俺の考えが分かるのだろうか?


「将官の出世が遅いのは有力貴族の後ろ盾がないからと、将官の能力が派手なものではないからです」


 確かに有力貴族の麾下に入れば、出世は早いだろう。

 しかし、能力が派手ではないというのはどういうことなんだろうか?


「将官はこれまで編成本部に所属しておりまして、他の部署には所属したことがございません」


 編成本部というのは軍部の中でも後方支援に特化した部署だ。

 主に物資の管理や新兵の徴兵を行う部署であり、前線に出ることのないため派手な部署ではない。


「将官は編成本部一筋三十年です。その環境下で准将になっておりますことを、評価していただきたいと思っております」


 後方支援で手柄を立てるのは非常に難しく、後ろ盾もない状況で准将にまで昇進したのは、たしかに稀有な存在かもしれない。

 そう言えば、編成本部は前線に出たくないクソな野郎たちが、コネを使って配属されるのが多く、後ろ盾がないと出世しにくい部署の代表だったな。

 そう考えると、アビスはコネもなく准将にまでなったのだから、……優秀か?


「ふむ、それで准将は余に何をもって仕えるのだ?」

「将官の編成本部での役職は編成本部第一管理部長でございます。殿下が後ろ盾になっていただければ、いずれ編成本部長へ昇進することでしょう」


 なるほど、編成本部長ともなれば軍部の物資に関する大きな権限を持つわけで、それが俺の力になるということだな。


「分かった、准将を余の麾下に加えよう」

「ありがたきお言葉。忠誠をもって殿下へ恩返しをさせていただきます」

「サキノ、余の紋章を与えよ」

「はっ!」


 俺は机の引き出しから紋章入りのメダルを取り出して、サキノに渡した。

 このメダルを持った人物は俺の庇護下にあるという意味のものだから、俺の家臣は全てこのメダルを持っている。


 紋章に使うデザインには一定の使用制限がある。

 皇帝なら龍と剣、皇太子ならライオンと剣、親王なら大鷲と剣、皇族ならトラと剣、侯爵なら狼、伯爵ならヤギなどだ。

 剣は皇族以上にしか使うことが許されていないし、龍は皇帝、ライオンは皇太子、大鷲は親王、トラは皇族の象徴なので勝手に使うことはできない。

 そして俺の紋章は大鷲をバックに二本の剣がクロスしたものになっている。


 アビス准将にその紋章が刻まれたメダルを渡したが、裏にはロットナンバーが彫り込まれている。

 そのロットナンバーで誰のメダルか分かるようになっているのだ。

 アビス准将はサキノからメダルを受け取ると、そのメダルを首にかけてビシッと敬礼をした。ただし、敬礼が似合わない。


「今後はこのサキノと連絡を取り合え」

「承知いたしました。サキノ殿、よろしく、お願い申す」

「殿下の御ため、身命を賭して働きなされ」


 アビス准将の後姿を見送り、俺は息を吐いた。

 親王になると嫌でも政治に関わることになる。

 こういったことはこれからもあると思うが、その都度いい人材がくるとは限らない。

 人を見る目を養わなければいけないな……。そういうのは前世でも苦手だったんだよな。俺は戦場で指揮をしているほうが性に合っているのだ。


「サキノはあのアビスという人物をどう見る?」

「編成本部長を望むくらいの野心はあるのでしょう。それと、自身の強みと弱みをしっかりと把握している人物と、見受けました」


 自身の強みと弱みか。

 まあ、元帥になりたいとか言わないだけ、自分の身の丈が分かっているのかもしれないな。


 

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