第37頁  良い旅を

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「『昔を思い出すわ、よくこうやって鬼ごっこしたわね』だそうです」

「違います! 僕、あなたの旦那さんじゃないです!」

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「『照れなくていいのよ。あなた、こんな可愛い一面もあったのね、初めて知ったわ』だそうです」

「照れるんじゃないです! 僕は陸奥です、あなたの旦那さんじゃないです!」

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「『うふふふふ♡』だそうです」

「違うんだってば!」


 かれこれ数十分、ずっとペンギンさんに追いかけられております。部屋の中をぐるぐると回りながら、別人だということを伝えるのですが、一向に話を聞いてくれません。

 というか、アサヒさん今の状況楽しんでませんか? 結構ノリノリで翻訳してますよね。ハートマーク付いてるし……あ、ヤバい、しまった!?


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「『もう逃がさないわ、あなた♡』だそうです」


 アサヒさんのことに気を取られて、部屋の隅に追い込まれていることに気がつかなかった。前にはペンギンさん、後ろには壁。もう逃げ場がない。ど、どうしよう、このままだと僕はペンギンさんの旦那さんになってしまう? いや、ペンギンさんのことは嫌いではありませんが、出会ったばかりですし、まずお互いのことを知ることから始めなくてはいけないと思うのです。こんな強引なやり方はぜひお止めになって、まずはお友達から……あぁ、そんなことを考えているうちに、ペンギンさんの手が僕の方へ。ひぇ、どうかご勘弁を……何卒、何卒。


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「ももさん、旦那様って異形ではありませんか?」


 ペンギンさんが僕に触れる直前、アサヒさんが彼女を持ち上げ回収してくれる。

 アサヒさぁぁぁん、良かった、最終的にはちゃんと助けてくれると思ってましたよぉ! ありがとうございますありがとうございますありがとうございます! でも次はもう少しお早めに。僕怖かったんですらね! こんな不慮の事故的な感じでお婿に行くかもしれないと覚悟したんですからね!


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「その方人間ですよ」

「p.pj!?」


 アサヒさんから身を乗り出して、グイッと僕の顔スレスレまでペンギンさんの顔が寄せられる。近いな……


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「『確かによく見たら人間だわ』」

「よく見なくとも人間ですとも」


 そういえば、異形は目が悪いんでしたっけ? だから見間違えたのかな。でも手足の数も違うんだよね? 体格が随分違うように思いますが。


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「『私の勘違いだったみたい、ごめんなさいね』だそうです」

「僕もペンギンさんが風邪を引いているのではと勘違いしましたから、おあいこですね」


 心臓に悪い想いはしましたが、誤解が解けて何よりでした。

 僕はホッと胸を撫で下ろしていたんだけど、ペンギンさんの様子がおかしい。その横顔が一瞬泣き出しそうに見えたのは気のせいですか。

 だけどその感情はすぐに消え去り、ぷくぅと頬を膨らませながら言葉を紡ぐ。


「mtgp.D」

「『今回こそは見つけたと思ったのに。全く何処にいるんだか。でもあなたいい男だと思うわよ』だそうです」

「あはは、ありがとうございま……ん? 今回こそって、まさか……」


 衝撃的な言葉にアサヒさんの方をバッと見れば……


「はい、ももさんは旦那様と間違えて、よく恋に落ちています」


 と、更に衝撃的な言葉が飛び出してきた。僕はポカンと口を開けることしかできない。そんな簡単に恋って出来るものでしたっけ? あ、でも僕、さっき惚れられたんだった。


「彼女は旅をしているのですが、その先々で、旦那様の面影を見つけてはその方に恋をします。同性である私も、以前惚れられました」


 惚れっぽい、という言葉は違う気がする。それだけ恋を出来るのは……


「本当に旦那さんのことが、大好きなんですね」


 目が悪いから見間違えたのだと思っていたけど、その反対だ。目が悪いからこそ、彼女たちは姿形じゃなくて心に恋をする。

 いろんな場所で旦那さんの好きな欠片を見つけ出しているのだろう。他人にまで面影を重ねて恋を出来るその姿、純粋に素敵だと思ったし、まだ誰かに恋をしたことがない僕は羨ましいとも思った。

 ペンギンさんが好きで好きでたまらない旦那さん。ぜひお会いしたい。だけど、旦那さんは今どこに? さっきはぐれたと言っていたから、旅の途中で迷子だろうか。


「はぐれたのはどれくらい前のことなんですか? この辺りではぐれたのなら、まだ近くに居るかも。僕も探すのを手伝いますよ!」

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「『1000年前』だそうです」

「え……」


 ここ数日間の話かと思っていた僕は、あまりの長さの違いに開いた口が塞がらない。ペンギンさんの顔をうかがえば、彼女は寂しそうに困ったような顔で笑った。


「人間に撃たれそうになり、逃げている最中にはぐれてしまったそうです」


 ペンギンさんに代わり、アサヒさんがコソッと僕に教えてくれる。だけど


「それって……」


 もうこの世には……そう口をついて出かけた言葉は、寸前のところで飲み込んだ。

 はぐれた時の状況が状況なだけに……と、思ったけれど彼らは異形だ。人間から逃げ延びて、1000年という長い年月生きていたって不思議はない。実際に奥さんであるペンギンさんは逃げ延びて、今ここで生きているのだから。

 僕は嫌な想像を振り払うように、ブンブンと頭を振った。死んでいる証拠も、生きている証拠もないからこそ、生きている方に全てを注ぎたいのだろう。


「早くに再会出来るといいですね」


 祈りを詰めた僕の言葉に、ペンギンさんはニコリと微笑んでくれた。




※※※




「恋とは素敵なものですね」


 旅立つペンギンさんの背中を、二人で見送っていれば、そうアサヒさんが呟いた。

 ペンギンさんは今度は西の方に行くらしい。次の場所では旦那さんに再会できるだろうか。彼女は楽しみなのだろう、背中がルンルンと弾んでいた。


「そうですね、素敵だと僕も思います」


 僕もペンギンさんのことを知って、アサヒさんと同じ感想を抱いた。いつか僕もあんな風に誰かを好きになれるだろうか。結婚して、家庭を築いたりするのかな。でも……僕には恋なんて無縁な気がする。今で十分楽しいし、このままでもいいんじゃないかなぁと思ったりする。ひまわり畑の調査もまだ進んでいないし、一生を研究に費やすのもそれはそれで幸せなんじゃないかなぁ。

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