第95話 俺の胃がブラックホールを作っちゃう

「なんで、俺はここにいるの?」


 いや、本当に何故なんでしょうか。


 俺はカスタムされた帝国製キャバリー〝セントロ〟に乗っていた。ファリド・リル・ピースメーカーが擁するキャバリー部隊――それも、ファリドの旗艦にほど近い場所だ。


『ハハハハハハッ。魔王とまみえるかもしれぬのだ。ファリド兄も魔王を狙っているのだろうが、それは余とて同じこと。ならば、競争だ』


 ああ、イヴァルの意味わからん高笑いが聞こえてくる……。なんで、俺はイヴァルに付き合わされて、こんな難儀の真っ只中に放り込まれているのか。しかも、だ。


『イヴァル殿下。自分も、ヴァルドルフ殿下から魔王を見つけた場合は首を持ち帰るよう命じられています。恐れ入りますが、魔王が姿を現したら自分が仕留めます』


 エイジ・ムラマサくんとかいう主人公――もとい、リベルにとっての死神もいるのだ。当然、シルヴァリオンに乗っている。この間は脚なんか飾りですと言わんばかりだったが、今回は両脚が備わっていて完成度が増している。両肩から上腕を隠すような外套型の装甲は見るからに分厚そうで、生半可な攻撃は通じない。だが、あの装甲の恐ろしさはそこにはない。


 内側にフレキシブルに可動する推進機と数々の武装を暗器として仕込んでいるのだ。あの、リミテッド・マヌーバー月影狼つきかげろうのデータを基にして調整されたシルヴァリオンは、現状の銀河帝国で最強のキャバリーだろう。


 そして、イヴァルの乗るノスフェラトゥもまた以前と姿を変えていた。装甲を少なめにし、細身のシルエットと化したノスフェラトゥだが、その分だけ機動性が高まっているとみえる。何より、武装だ。一発の威力よりも立ち回りを重視してか、複数の銃器を装備している。継戦能力とキャバリーそのものの基礎性能の向上。一撃必殺を狙った機体よりも、安定して高い性能を発揮できるこちらの方が恐ろしい。


 こんな、魔王を倒したくて倒したくてたまらない奴らの近くなど、神経がすり減らされる……。


 こいつらに、俺が魔王をという事実を知られてはいけない。四面楚歌って奴だ。俺は、俺をこんな窮地に陥らせた機械人形オートマタのメイドに恨みの念を送った。


『――我はファリド・リル・ピースメーカーである!』


 ファリドの旗艦から立体映像で、どデカいファリドの姿が映し出された。軍服を着た威風堂々とした佇まいは、軍人からは頼もしく見えるだろうが、俺にとっては恐怖の権化でしかない。


『憎き魔王は、ポイントM242、I472、G324へと移動しつつあるという。我はそこに、魔王の策があると睨んでいる、そこで、我らはこの魔王の軍勢に先回りする形で仕掛ける』


 空間投影された立体宇宙図が、ファリド軍とリベリオンが目指している座標を点滅する輝点で表示した。わかりやすく矢印で進軍方向と速度を教えてくれる。実にユーザーフレンドリーだ。宇宙図によると短距離跳躍を行って、速攻する目論見らしい。


『接触は二時間プラスマイナス一三分。キャバリーは艦隊に並走する形で進軍せよ!』


 キャバリーは速度だけで語れば戦艦よりも速い。しかも、所属戦艦から一定範囲までは、常時燃料が補給される仕組みだ。加えて、進軍だけならば自動操縦で事足りる。跳躍空間へは、戦艦が開いた門に突入すればいい。ならば、電撃的に攻撃するためにキャバリーライダーはそのまま進軍する方が望ましい。そう判断したのだろう。


 正直、俺にとってはありがたい。エイジやイヴァルと顔を突き合わせるなんて苦行、俺のストレスが胃にブラックホールを作ってしまう。


 しかし、あんな何もないところにリベリオンはなんで移動しているんだろうか?



 * * *



 それは数時間前の話だった。


唯桜いお、指定の時間にこのポイントまでリベリオンを誘導してくれ』


 リベリオンの宇宙要塞に向かう前に、唯桜はと通信を行っていた。ある、陽の光も射し込まぬ隘路。ここで、魔王と代理人が通信していると、誰が思うだろうか。


 通信の向こう側から、しかも加工された声でも自信のほどが伝わってくる威厳は、皇族にも勝るとも劣らぬ。それはそうだろう。魔王は、銀河帝国皇帝の血を確かに受け継いでいるのだから。


「かしこまりました。しかし、これではリベリオンは完膚なきまでに叩きのめされることになりそうですが……」

『気づいたか。そう、誰でもそう思う。だが、相手は魔王だ。相手がであると思っているが故に、ファリド・リル・ピースメーカーには猜疑心が生まれる』


 ククク……と笑いをこぼす魔王。


『それに、だ。私はファリド軍に潜伏している。ファリドに想像できると思うか? 敵の司令官が、自らの懐に潜んでいるという事実を……。間違いなく、気付きはしない』

「つまり、あなたは誰にも気づかれず、ファリド軍の動向を正確に把握し、リベリオンを動かす……と? 恐ろしい方ですね」


 本当に恐ろしい。前線に自ら立つ指揮官はまだ前例があるだろうが、指揮官本人が敵軍の中枢近くにまで潜り込むなど、銀河帝国の歴史でも例はないとみえる。見つかれば、即座に処刑される――そんな、火中の栗を拾うが如く危険な策。


『戦を制するのは情報、そしてヒトだよ。ファリドの戦術は、既に我が戦略に負けている。私は、彼の近くに陣取っている段階で勝利しているのだ』


 断言する魔王。そこには一片の不安もない。

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