第94話 加速する胃痛! ケイン・クルセドアの憂鬱

 ――遂に到着してしまった……。


 間諜から寄せられた、ファリド・リル・ピースメーカーがラルフグレイン領に到着した報告は、魔王軍――リベリオン内を駆け巡った。その擁する艦隊数、一万。実にリベリオンの五〇倍の規模である。


「魔王はこのことを知っているのか?」

「先手必勝だ。到着して気の緩んでいる今こそが好機だ!」


 どうにも血の気の多いリベリオンの構成員の中で、ケイン・クルセドアは頭を抱えていた。


 最近、抜け毛が少々多い気がする。キツくなってきたズボンが、また穿けるようになったのは嬉しいが、ただやつれているだけとも言う。まだ戦闘すらしていないというのに、何故ここまで心労を溜め込まなければならないのか。


「ケインさん。魔王から連絡は?」


 ――知るかーーーー!


 狼狽えていても仕方がない。心中では泣き叫んでいても表情筋が以前にも増して死につつあるケインは、傍目からは泰然とした態度を崩さない歴戦の勇士のような振る舞いに見えるだろう。


「魔王からの連絡は無い。魔王自身も何らかの対応をしていると考えられる。我々は、いつでも動けるように準備を整えておくべきだ」

「動けるように――って、攻められたら終わりだぞ!」


 いくら防御に優れた宇宙要塞を擁していようとも、一万もの物量を相手にしてはひとたまりもない。そもそも、籠城戦を決め込むにしても補給の問題がある。


「おやおや、ケイン司令殿は臆病風に吹かれたようですな。穴蔵に引きこもって震えるしかできぬとは……」


 あからさまな挑発の声。キャバリーライダーの荒くれ者どもだ。はっきり言ってガラが悪いし、ケインはお近づきになりたくないタイプの方々だ。


「結局、ジリ貧になるのを指を咥えて見守るだけではないですかね? それとも、ケイン司令殿は打開策をお持ちで?」


 どうやら、ケインが司令の座にいるのが不服らしい。しかし、ケイン自身が一番不服に感じている事実を彼らは知らない。ケインとしても、こんな分不相応で危険な地位などさっさと投げ出したいのだ。ここまで悪目立ちしては、リベリオンからフェードアウトも出来やしない。


 だが、しかし。ケインも状況を改善する妙案など持ち合わせてなどいない。はっきり言って、時間稼ぎしか考えていない。


「魔王が何も考えていないわけがない。今も起死回生を狙っているはずだ」


 断言するケインだが、これは彼自身の希望に過ぎない。だが、彼にとっての不幸は鉄面皮と同様に、声も彼の心情には反映されずに怖気の震えが一切なかった。


「へぇ。ご自身ではなんの打開策も無い、と?」

「無い。私は有能ではない。だからこそ、最善と思われることをやり、後は天命に任せるだけだ」


 断言する。天命に任せるといえば聴こえはいいが、結局のところは無能さを認めて、事なかれ主義を貫く発言をしているだけだ。


「なんと謙虚な……」

「流石、司令は違う」

「確かに魔王の奇策の前に、要らぬ動きをしては成功するものも成功しまい」


 小声ながらも聞こえてくるケインへの称賛。いやいや、買いかぶりも甚だしい。ケインは魔王に全責任をなすりつけるために、なんとか現状を維持することしか考えてはいないのだ。


「なるほど、ケイン・クルセドア。やはり、あなたを司令にしたのは正解でしたね」

「代理人!」


 魔王の代理人。メイド服を着た、何処か浮世離れした美女。その美貌には、荒くれ者さえも黙らせる気配があった。


「既に魔王は動いています。兵は拙速を尊ぶと言いますが、動かざること山の如しとも言います。魔王の作戦の前提条件を崩しす行動は慎むべきですね。せっかくの勝機を自ら手放す行為に他なりませんので」


 冷静に言い放つ代理人は、それだけに頼もしい。ケインとしても、とりあえず判断を委ねられる者の登場に拍手喝采したい気分だ。


「魔王から言伝があります。座標ポイントM242、I472、G324まで、宇宙要塞を移動。後は別命あるまで待機とするよう……」

「え、だが、アステロイドベルトを捨てて、そんな開けた場所に?」


 戸惑いの声もうなずける。小惑星やガス等の無い宇宙空間をと形容する。つまり、今の目立ちにくい座標から、目立つ座標へと移動せよ――と告げられたのだ。


「問題ありません」


 こともなげな様子の代理人。


「そもそも、あなた達は魔王の奇跡を求めてきたのですか? 魔王は奇跡を起こしません。魔王は約束された覇道を進むだけです。今回もそれだけの話に過ぎません。そして、ファリド・リル・ピースメーカーと矛を交えた日は、魔王の日と同様、後にこう呼ばれるでしょう。〝叛逆の日〟と」


 いやいや。なんの返答にもなっていませんやん……。と、ケインは思ったのだが、周りは違ったらしい。


「そうだ、俺たちには魔王が付いているんだ!」


 ――は?


「帝国兵が一万いたとしても恐れることはない!」


 ――いや、五〇倍の戦力だぞ? 冷静に考えろよ。


「もう、何も怖かぁねえ!」


 ――それ、死亡フラグ!


 悲しいほどに脳筋な構成員は、すっかり魔王のカリスマにやられていた。こうなるとヤバいおクスリみたいだ。


 ――ここは、地獄だ……。


 ケインのため息さえも、興奮した構成員の大声にかき消されてしまい、彼の胃はまたシクシク痛むのだった。



 * * *



「なんで、俺はここにいるの?」


 一方、リベルは帝国製キャバリー――〝セントロ〟に乗って、ファリド軍の中枢近くにいた。

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