第19話 稲刈りと人類

今日は棚田で稲刈りをする。

稲刈り機の入らないここでは、三人一緒に手作業だ。

私もみゃーも、相変わらず高校時代の体操服姿が似合っている、はず。

何故か花凛ちゃんも車で駆けつけてきて、カメラを構えるや否や、何やらエラそうに指図してくる。

「あ、美月ちゃん、もうちょっとそっちに移動して」

不本意ながら、言われるままに移動する。

「孝介、もっと汗をしたたらせて」

「無茶言うな!」

「働きが足りないのよ」

「やかましいわ!」

我が亭主が果敢かかんに応戦する。

「美矢ちゃんの目線はあっちで」

「はぁい」

みゃーは素直だ。

……公用車に泥でも付けてやりましょうか。

「というか、お仕事中にこんなことしていていいのですか?」

今日は平日だし、今は午前十時だ。

「え? これ仕事だけど?」

花凛ちゃんが、きょとんとした顔で言う。

「そのカメラは?」

「役場の備品」

……まさか!

見目麗みめうるわしい私を、町の宣伝に使う気では?」

「役場の発行する広報誌に、稲刈りの写真を載せるのよ」

……稲刈りが主役とは。

「おい、俺の嫁の顔出しはNGだぞ」

あらあら、意外とヤキモチ焼きで心配性な孝介さん。

俺の嫁発言に、私は思わず稲穂をしごいてしまう。

「えぇー、町の広報誌にモザイクは入れたくないなぁ」

なんと! 思わぬところで飛び出したモザイクという単語に、思わず私は稲穂を扱いてしまう。

「顔が写らないように撮ればいいだろ! 俺の嫁にモザイクなどかけるな!」

なんと! 嫁は無修正にしろと大胆発言!

私は思わず、稲穂を扱いて稲をぎ取ってしまう。

「田舎の広報誌に顔が出るくらい別にいいじゃない。私だって何度か載ったし」

なんと! 花凛ちゃんが無修正グラビアに!?

「それで、何か反響があったりしたのか?」

「えへ、まあファンレター的なものが十通くらい?」

めっちゃ得意気な顔なのです。

三十路なのに「えへ」とか言ってるし……。

「俺の嫁にファンレターなどいらんのだ!」

「ちょ、いたいいたい!」

ああっ!?

孝介さんが花凛ちゃんにアイアンクロー!?

嫁以外になんという破廉恥はれんちな!

しかも花凛ちゃんは微妙に嬉しそうではないか!

私もしてもら──

「こーすけ君」

「ん?」

「仕事しなさい」

「……はい」

まるで、おっかさんみたいに注意するみゃー。

でも私は知っている。

ああ見えて、実はみゃーも嫉妬しているのです。

天高く馬肥ゆる秋。

清々しい空の下で、私達は騒がしく秋の実りを収穫していくのでした。


お昼になったので、私達は稲の香りに包まれてお弁当を食べる。

刈り終わった面積を見ると、私だけ少ないような。

後から途中参加した花凛ちゃんよりも少ないような。

「というか、写真撮影だけでなく、稲刈りした上にお昼ご飯まで一緒ですが」

私達夫婦の間に違和感なく溶け込み、一緒にお弁当を食べている花凛ちゃんに、私は敢えて尋ねる。

「いいのよ。撮影のお礼に稲刈り手伝ってこいって課長に言われたし、今は昼休みだし」

役場というのは意外と暇なのでしょうか。

……でも、花凛ちゃんの稲刈りの手際は良かったし、手伝いと言いながらも真剣に作業していたし。

みゃーを見る。

私よりずっと、服が汚れている。

「どしたの、タマちゃん」

ニッコニコの笑顔は、そんなことを全く気にしていない。

みゃーの作ったお弁当は美味しい。

孝介さんの作ったお米は美味しい。

……午後からは、もっと頑張ろう。


汗が地面に落ちる。

立ち上がって麦わら帽子を脱ぐと、ひやっとした空気が髪を撫でる。

刈り終わった場所に並ぶ、稲の切り株。

黄金色の棚田が、一枚ずつ、薄い土色に変わっていくさまに、疲れも心地いいものに変わる。

腰をとんとんと叩きながら周りを見渡すと、孝介さんも腰を叩いている。

目が合って、笑顔が返ってきた。

私はそでまくって力こぶを作ってみせる。

まあ力こぶなんて出来はしませんが。

孝介さんは笑いながら、私と同じように袖を捲り、筋肉を披露する。

細身なのにムキムキなのです。

私は声を出さず、唇だけを動かした。

だ、い、て──

「あいたっ!」

孝介さんは手の届かないところにいるのに、私の頭を横から叩いてくるやからが!

長閑のどかな稲刈り風景の中で破廉恥なことしないでよ!」

「あれ? 花凛ちゃん、まだいたのですか?」

「いったん役場に帰ったんだけど、半日年休取って戻ってきちゃった。えへ」

三十路で「えへ」とか言われると困ってしまいますが、いつまでも初々しくて可愛らしい人でもあります。

「いえね、たまには誘惑しないと、あの木偶でくの棒は股間の持ち腐れなので」

「孝介は木偶の坊じゃないでしょう?」

「いえ、まあ、ぼうにも色々ありまして、利かん坊とか肉棒とか……」

「?」

うっ、純真な瞳で見つめられると困るのです。

それはともかく、腰をかがめてする稲刈りは重労働だ。

若くたって腰は痛くなる。

ときどき身体を起こしては、腰をトントンしてしまうのも仕方ない。

とはいえ、みゃーは腰を叩くのではなく、なまめかしくグラインドさせていた。

なんというエロチックな動き!

でも私は知っている。

ああ見えて、実はみゃーは孝介さんを誘惑しているのだ。

人類が、農耕文化を手にした遥か昔から、女はああやって男を誘い、男はそれに応えて腰を打ち付ける。

そうすることで、お互いが凝り固まった腰をほぐしていたのだ。

うん、理にかなっている。

「花凛ちゃんは、腰が痛くならないのですか?」

「え? さっき役場に帰ったとき、湿布を貼ってきたけど?」

オバサンか!

そうやって人類は、いや、人は、年齢とともに衰退していくので──

「って、何を!?」

ガシッと腕を掴んできた花凛ちゃんは、何故か不敵な笑み。

「美月ちゃんと美矢ちゃんの湿布も持ってきたから、優しく貼ってあげるわね」

「いえ、結構で──こら、ズボンをずらすな! ちょ、待って、今日のパンツはダサいので──いやぁ!」


天高く馬肥ゆる秋。

労働はしんどくても、収穫は嬉しい。

みんなの笑顔がこぼれて、人類は──少なくとも私達は──豊かに歳を重ねていくのです。

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