第16話 誕生日と出来ること

孝介さんの妻であるみゃーは、よく働き、いつも元気でにこやかな、素敵な奥さんだ。

夫を立てつつ、さりげなく支え、笑みを絶やさず家庭を明るく円満にする。

孝介さんがホッと一息つきたいとき、サッと察知してコーヒーをれ、ねぎらうようにニコッと笑う姿は、妻の鏡と言えよう。

料理も上手いし、掃除洗濯も小まめにこなす。

ご近所さんとも仲良く付き合い、おっちゃんお爺ちゃん、おばちゃんお婆ちゃんからも人気があって、彼女の笑顔は周りの人達も笑顔にする。

そんな妻を、孝介さんもしっかり見ている。

みゃーは、普通の人には疲れを気付かせない。

だが孝介さんはそれをちゃんと見抜いて、優しく肩を揉んだりする。

仲睦まじく、微笑ましい夫婦だ。

縁側に二人並んで座っているときなど、みゃーが孝介さんの肩にちょこんと頭を乗せていたりして、見ているこっちまで温かいような気持ちになる。

世の夫婦には、様々な問題を抱えているケースも多いようだけど、この二人に限っては何の心配も無く、理想的な夫婦像と言えた。


しかし! 

あろうことか孝介さんには、他にも愛する女性がいた。

ともすれば、その女をみゃー以上に愛している可能性もあった。

家事の類いはみゃーには敵わないし、色々と不器用な女であったけれど、出来の悪い子ほど可愛いというか、何かと面倒を見てやりたくなるのだろう。

孝介さんは、その女性が可愛くて可愛くて仕方なかった。

「おい、俺の布団の中で変な独り言はやめろ! まるで浮気か不倫してるみたいじゃないか!」

布団の中で、私がぶつぶつと呟いていた言葉を、夢現ゆめうつつに聞いていたらしい。

「おはよう孝介」

寝起きの孝介さんを呼び捨てにする。

私は気まぐれに、いつもとは違う呼び方をすることがあるのだ。

そんなとき、孝介さんは少し驚いた顔をしてから、いつもと変わらない笑みを浮かべる。

今も、怒り気味の目覚めから、どうした? という優しい顔になっている。

私が何と呼ぼうが、べつに構わないのだろう。

「コロ助」

「コロ助は違うだろ!」

あれ? コロ助は違うらしい。

「ポチ」

「犬かよ!」

……犬の名前も駄目なようだ。

「タケシ」

「誰だよ!?」

なんと、人の名前でも制約があったらしい。

案外と許容範囲は狭いのかも知れない。

「そんなに選り好みされると、抱かれているとき何と呼べばいいのか困ってしまいます」

「普通に呼べよ!」

「カズヤさん、いいよ、気持ちいい、もっとメチャクチャに──あいたっっ!!」

珍しく頭突きを食らわされてしまいました。

私はお返しに肩をポンポンと叩く。

「どんまい」

「ドンマイじゃねーよ!」

冗談でも嫉妬してくれるのが、ちょっと嬉しかったり……。 

「それはともかく、誕生日おめでとうございます」

「え? あー、そういや今日か」

孝介さんは、スマホで日付を確認する。

相変わらず自分のことには無頓着で、記念すべき三十二歳の誕生日を失念していたようだ。

「精子だった子が、こんなに大きくなって」

「見たのかよ!」

感慨にふける間もなくツッコまれる。

「自覚は無かったかも知れませんが、孝介さん、あなたは昔、顕微鏡でないと見えないサイズで──」

「お前もだよ!」

「あらあら、一緒ですね」

あきれ混じりの苦笑が返ってくるけれど、愛情混じりでもあるので心地いい。

「例によって、みゃーは腕にりをかけて料理を作るようですが、私はこのようなものを」

私は孝介さんに紙片を差し出した。

「ん? えーっと、一日肉奴隷券……っているかっ!」

「お気に召しませんか?」

「いや、もっとこう、普通に肩叩き券とかにしろよ」

「肩叩きなら先ほどドンマイと」

「そうじゃねーよ! 憐憫れんびんじゃなくて労いの肩叩きだよ!」

ふっ。

思わず鼻で笑ってしまう。

「そんな子供じみたものをご所望しょもうとは、片腹痛い──痛っ!」

片腹ではなく、頭が痛い目に遭ってしまいました……。

「孝介さん」

「なんだ?」

「それなら、一日メイド券はどうでしょう?」

「メイド?」

「メイドなら、肩叩きだろうが肉奴隷だろうか、ご主人様の仰せのままに」

「……」

「触手プレイも受け入れます」

「持ってねーよ!」

「職種プレイも受け入れます」

「は?」

「ナースとか、スチュワーデスとか、巫女とか」

「そっちの職種かよ!」

「……これも、お気に召しませんか?」

べつに、具体的に何かをするとかじゃなくて、私はただ、孝介さんの望むことに応えたいのだ。

日々の働きに、日々の優しさに、日々、私にもたらされる幸せに、私は「何でもします券」で応えたいのだ。

「いや……まあ、じゃあ有難く貰っておくよ」

孝介さんはそう言って、私の頭をポンポンと叩いた。

「取り敢えず、今日は仕事に行かせないのです」

サラリーマンとは違って、その辺のところは自由であるべきだ。

だから私は、布団の中で孝介さんに抱き付き、逃がさないようにした。

「判ったから、暑い、離れろ」

確かに暑い。

だが私は離れない。

汗をかきつつ、それでも心地よく、二人一緒に二度めの眠りに落ちるのだ。

気が付けば、みゃーも一緒に、昼過ぎまで三人で眠っていた。

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