接続詞が連なれば小説は終わらない

栗山真

 標的は二人。だから引き離さなくてはならない。協力されると厄介だが、単体ならば問題なく処理できる。必要な囮役に金を渡した。一人を引き離し、路地裏に追い込む。人目がなければこちらのもの。壁際まで追いやり、短銃で背中から撃った。それから、上向き六十度で後頭部、下向き六十度で臀部へと一発ずつ。尻の肉は柔らかいが銃弾は尾てい骨で留まる。頭蓋骨は固くて撃ち抜けない。むしろ曲面で跳弾して危なかった。続いて脊椎を挟んで二発。横っ腹を撃ち抜く。血しぶきで壁に真っ赤な花が咲く。

 と、冷たいものが背中に当てられている。設置面積は円。思い当たる選択肢は多くない。拳銃、だと察すると同時に星が舞う。肉と骨の感触じゃなかったから、きっと固い鈍器で頭を殴られた。痛みはともかく意識が遠のく瞬間は気持ちがいい。稲妻のような白が走って暗闇に落ちながら目の前が真っ黒に染まる。

【ところで、】

 病めるときも健やかなるときも此れを敬い此れを愛し助け合うことを誓いますか? 誓います。この日を待ちわびていた。列席した観客の前で俺は力強く宣誓した。永遠の約束は証人がいなければ意味がない。彼女もきっと理解してくれている。けれど何があったというのだろう? 花嫁の表情は硬い。歓びに満ちあふれている様子などなく、むしろ青ざめていた。

 そして白亜の教会に轟音が鳴り響いた。まるで砲弾が打ち込まれたような馬鹿デカい音と地面の振動。礼拝堂の客たちは混乱するが式の最中に抜ける無粋者がいないのは幸いだった。外で悲鳴と銃声が聞こえた。護衛につけていたはずの人員が動いたのか。列席者は不測の事態に怯えている。だが花嫁の瞳は光を取り戻したように見えた。違和感を持った。扉が叩かれ、そして開かれる。現れた男の顔は逆光で眩くて見えない。だけど俺の愛する彼女は男が誰だか知っていた。彼は彼女が求めていた者だった。

 分岐点だった。俺は愛されないと理解した。彼女は駆けていく。「顔が見えない男」のもとへ行ってしまう。許せない。神と夫へ愛を誓えなかった彼女も、見抜けなかった自分も。俺はジャケットの内ポケットに用意していた護身用のピストルを抜く。そして彼女の背中へ向けて照準を定める。

【しかしながら、】

 目を覚ますと体が濡れていた。道徳の時間です、と奴は言い放った。俺は椅子に座らせられて後ろ手で縛られている。どうして俺はここにいるのだ? 疑問は即座に正答に結びついた。殺しをしくじって拉致されたのだ。

 薄暗い部屋の中心に椅子は設置されている。目が慣れると、俺が殺し損なった奴の姿の輪郭がはっきりしだした。銃撃によって失われた頭髪を誤魔化すためか、不器用に刈り上げられている。腹と尻からはまだ血が流れている。致命傷のはずだった。だから、なぜまだ生きているのだと疑問に感じることもできた。けれど実際には思えなかった。なぜなら目覚める前に俺はすでに切り刻まれており、腹には深々とナイフが突き立てられていたから。裸足の足に血溜まりを感じたから。血まみれになった俺には他人を思いやる余裕なんてなくなっていた。

 人は愛されて生まれた。だから君と同じ誰か他人を損なうのはいけないことなんだよ、と奴は言った。局部麻酔を打ったからお前は痛みを感じない。これから自分がされるがままになるのをじっと見ていろ。麻酔薬が入っていたのだろう、空になった注射器具を奴は放り投げた。くそったれが俺の腕を切り落とそうとしたから「左だけはやめてくれ!」と泣いて頼んだ。そんな姿はサディストの奴にとり悦ばしいものだった。懇願は通じた。ほどなくして右腕が切り落とされる。何も痛みを感じない。俺のまぶたは閉じないように固定されていた。目を逸らすことを禁じられている。

 整数を数え始めた。機械的に何も考えないようにした。思い出と結びついたら絶望が襲いかかるのが目に見えていたから。でも無理だ。拷問は身体と共に心を切り刻んだ。悲鳴すらこぼせずに俺は絶命する。魂は精霊によって運ばれ、そのまま黄泉路へ飛ばされる。細い綱の上に立っていて見晴らしが良い。空高くそびえたつのは崑崙山か。下を見ると小鬼たちが石を積む子供たちを蹴飛ばしていて胸が痛んだ。文化が混在していて知識が役立たずになる。魂は裸だ。三途の川を渡るための六文銭を持っているはずもない。不安に立ち往生していると、『聖なるもの』が現れた。

 そいつは言った。お前の行く場はここではないと。お前の最後はここではないと。でも俺はこのまま終わりにしてもよかった。

【じつのところ、】

 目覚めると揺りかごの上で俺は赤ん坊だった。両親に愛されて生まれた子供なのだろう、頭上には淡い色合いで星を象ったモビールがくるくると回る。そうして俺はこれまでに過ごした三十年が失われたと気づく。

 諦めざるを得ない。けれど星に手を伸ばした幼い左手を眺めて、安堵できる要素を見つけた。利き腕の右手を切断して左手を残したのは何故か? 愛する者と共に選んだ指輪を薬指に嵌めていたからに決まっている。

 結婚式の場面の段階で俺は既に選択を間違えていた。ならば今度こそ正解を生きよう。あるいは俺はもう死んでいて、間際にみるらしいアレの時間の真っ最中かもしれない。走馬灯は永遠に続いて夢を見させる暇もないくらい。

 にもかかわらず——。

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接続詞が連なれば小説は終わらない 栗山真 @kuriyama1youth

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