第16話 転校生

 美里が泊まりに来た日から数日経ち、無事にテスト期間も終わり六月に入った。

 席替えは学期ごとに行われるため一学期ではもう席替えは行われないため、蓮夜と美咲は隣同士のまま。

 一ヶ月隣同士だったこともあり、蓮夜も美咲と普通の友達と変わらないくらいには話すようになっていた。

 そんな二人の日常が大きく変わる出来事が何の前触れもなく突然やって来た。


「では、転入生を紹介します」


 先生に呼ばれて入って来た男子生徒は先生の隣に立って自己紹介を始めた。


「天王寺重国です。諸事情によりこんな時期に転校することになりましたが、宜しくお願いします」


 重国は一礼して誰かを探すように教室を見渡し、窓際の席に座る美咲を見て見惚れて固まった。

 固まった重国に先生が声をかけると、重国はなんでもないと返した。


「取り合えず、席に着きなさい。あそこ、神代の後ろの席だ」

「分かりました」


 先生の指さす席の一つ前に座る蓮夜を見て重国は目を少し細めて軽く微笑み先生に返事をして席に移動した。

 席に座った重国は蓮夜に声をかけた。


「これからよろしく、蓮夜」

「ん?ああ、よろしく」


 窓の外を見ていた蓮夜は突然名前を呼ばれて少し呆けながらも返した。

 蓮夜からの返事を受けた重国は斜め前の美咲に視線を向けて同じように声をかけた。


「これからよろしくお願いします」

「うん、私は神宮美咲、美咲でいいよ。これからよろしく」

「分かったよ、美咲。俺も重国でいい」

「分かった」


 重国に返事を返した美咲は教壇で話し始めた先生の方に視線を向けて違和感を感じた。


(何か違和感があるんだけど……あ、名前だ)


 美咲は違和感の原因に気づいて隣の席に座っている蓮夜を見た。


(先生は神代としか言ってないのに、重国は蓮夜って呼んだってことは蓮夜の知り合い?)


 重国は蓮夜のことを名前で呼んでいたのに対して蓮夜は呆けていたとはいえ重国を知っているようには見えなかった。

 違和感の原因は分かったがよく分からないことが増えたことですっきりとしないまま一限目の授業が始まった。

 午前中ずっと重国と蓮夜の関係について考えていた美咲はあまり授業に集中できずに過ごした。

 昼休みが始まってすぐに重国を昼食に誘おうとしたが、美咲が声をかけるより先に重国は教室を出て行こうとする蓮夜に声をかけた。


「蓮夜、少し話したいことがあるんだが、いいか?」

「ん?別に構わないが、何の用だ?」

「出来れば誰もいない場所で二人だけで話したい」

「……分かった。じゃあ、着いてこい」

「分かった」


 重国の言葉に誰にも邪魔されずに話せそうな場所を考えて移動を始めた。

 二人が教室を出て行った後、美咲達はいつものように三人で席をくっつけて弁当を食べる用意をしながら不思議そうな顔で蓮夜達のことを話し始めた。


「あの二人知り合いなのかな?」

「悠斗達も重国のこと知らないの?」

「ああ、そもそも蓮夜は中学に入る少し前にこっちに引っ越して来たからな。多分、前に住んでたところの知り合いじゃないか」


 美咲の疑問に対して悠斗は首を振って否定して代わりに予想を話した。

 悠斗の予想に美咲は少し意外そうな顔で問い返した。


「蓮夜って中学に入る前に引っ越してきてたんだ」

「ああ、引っ越してくる前のことはほとんど話さないから詳しくは知らないがな」

「けど、重国と仲良くなれば小学校の頃の蓮夜について少し分かるかもね」

「そうね。戻ってきたら聞いてみよっか」


 いつものように三人が弁当を食べ始めた頃、蓮夜と重国は誰もいない屋上への扉の前に来ていた。

 蓮夜は扉前の階段に座って持って来たパンを袋から出しながら重国に問いかけた。


「それで話ってなんだ?」

「蓮夜、俺のこと覚えてるか?」

「ん?」


 重国の問いに蓮夜は重国に顔を向けて首を傾げながら、会ったことあるっけっといいたそうな顔で考え始めた。

 蓮夜の態度に重国はやっぱりかっといいたそうに大きなため息をついてヒントを出し始めた。


「小学校の頃、同じクラスだっただろ」

「……名前聞いてもいいか?」

「今朝自己紹介しただろ!」

「すまん、ぼーとしてて聞いてなかった」


 蓮夜の言葉に重国は少し声を張りるが、蓮夜は悪びれも無く返した。

 重国はもう一度大きくため息をついて改めて自己紹介をした。


「天王寺重国だ。元クラスメイトのことくらい覚えておけよ」

「んー、天王寺……重国……ああ、思い出した。学校一の人気者、重国か」

「……覚え方が少しあれだが、まあ、思い出したならいいか……」


 蓮夜にふざけた覚えられ方をされていたことを重国は諦めて呼び出した要件を話し始めた。


「まあ、取り合えず、俺はお前に宣戦布告しに来たんだ」

「ん?宣戦布告されるようなことした覚えがないんだが」

「お前は俺のことまるで気にかけて無かったからな。俺はずっとお前を目標にしてお前のことをずっとライバルとして常に競い続けてきた。すべての始まりは……」

「……」


 昔のことを話し始めた重国を見て蓮夜は話が長くなるなと思いパンを食べながら話を聞き流し始めた。


「……だから、俺はお前に勝つためにずっと努力し続けてきた。小学校の頃は一度も勝てなかったが、今度こそは勝って見せる」

「そうか、大変だったな。俺の負けで良いよじゃあな」


 重国の長い昔話の大半を聞き流し、ライバルに決めたきっかけなど長々と話していたが全部聞き流し、話が終わったことを確認して適当に負けを認めてパンのごみを持って階段を降り始めた。

 そんな蓮夜の肩を掴んで止めて重国は今日一番大きい声で宣言した。


「お前が負けを認めても俺は勝ったとは思わないからな。絶対にお前を超えて見せる」

「重国、お前が思ってるほど俺は大した人間じゃないぞ。隣の芝生が青く見えるだけだ、お前は俺よりもずっとすごい奴だよ」


 蓮夜は少し悲しそうな顔で俯き重国に告げ、肩を掴んでいた重国の手を払って今度こそ階段を降りて屋上の扉前を離れた。

 重国は蓮夜が最後に見せた悲しそうな横顔に驚き、離れていく蓮夜を止めることが出来ずにただ黙って見送り、蓮夜が居なくなった後誰に言うでもなく呟いた。


「あいつ……あんな顔もするのか……」


 予想外の蓮夜に重国は少しの間呆け、数分程度で我に返り教室に戻った。

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