(8)許せない

「そう言えばさ。スイコは消されなかったんだね」

「ああ。睡狐様は、ヤツと同じく情報生命体だったからね」


 レンは説明する。根源の向こう側から宇宙を監視している『それ』は、この宇宙が誕生する以前に創られた情報生命体なのだと。


「ナルホドね」


 どうやらこの話は、あまり突っ込んで訊かない方が良さそうだ。私の理解できる範疇をとっくに超えてしまっている。

 スイコが助かったなら、それで良いじゃないか。


「良くないヨ。とっても寂しかったんだかラ」


 うなずく私に、彼女は頬を膨らませて反論してきた。

 だから旅立ったんダ、と。


 知的生命体を求めて、スイコは自ら宇宙へと飛び出していった。アテがある訳じゃなかったが、いつまでも滅びた星でじっとしては居られなかったのだ。

 幸いにも彼女はデータで出来ていた。無数のコピーを作り、宇宙中に散らばって行った。移動した先でもさらにコピーを作り続けて。探索範囲は、いつしか宇宙全域に及んだ。


「え、ヤバくないそれ? そこまでする、普通?」

「だっテ! 寂しかったんだモン!」


 だもんて、今さら可愛こぶられてもなあ。呆れる私に、レンが苦笑交じりに告げて来る。


「宇宙を覆い尽くした睡狐様の内の一人が、とある辺境の惑星に不時着した。それが原始の地球。人類が誕生して間もない頃だった」


 あ、こっから地球の話になるのか。

 スイコは人間達に知恵を授け、文明の発展を助けた。今日の私達があるのは、彼女の尽力あってのことらしい──って、ホントかよ。

 彼女はまた、あるボードゲームの普及に努めた。


「それが古代インドで流行ったというチャトランガ。将棋の原型と考えられるゲームだよ」

「チャトラン?」

「子猫の名前じゃないよ」


 可愛い名前と思う矢先に釘を刺される。何だよ、人の妄想の邪魔すんなよな。ムカつく。

 って、今将棋の原型って言った? 将棋は最初からあんな形じゃなかったの?


「博士と遊んだボドゲのルールをチャトランガに継承したんだけド。まさか、あんなに流行るとはネ」


 シリコンが手に入らなかったから、駒は木製。ルールも地球人の知的レベルに合わせて簡易なものに変更したが、これが功を奏したとスイコは当時を振り返る。


「インドを起点に、シルクロードを通って東西に普及していったんだ。西はチェス、東は将棋としてね」


 へぇ。チェスと将棋って同じ物から生まれたんだ?

 言われてみれば確かにルール似てるかも。なんてこと、期せずして将棋の歴史を勉強してしまったわ。

 それにしても、まさか異星からもたらされたものだったとはね。どうりでたまに炎が出たり、超常現象が起こる訳だ。

 待てよ、ってことは。言うなればこの星は、将棋発祥の地なのか。巡礼するとご利益があるかもしれない。ちょっとばかし、遠いけど。


「あたしはこっちに来たけど、分身体はチェスの方に行ったヨ。ナントカ十二神に入れなかったって、手紙で文句言ってたっけなァ」

「ふーん。あんたは何で神様にならなかったの?」

「ガラじゃないってゆーか、めんどくさそうだシ? のんびりキツネのフリしてる方が楽しいのサ」


 まあ確かに、うさんくさいしな。


 日本に来てからも色々あったらしいけど、紆余曲折を経てスイコは伏竜稲荷神社に祀られることとなった。何故か伏竜とセットで。

 コンビを組んだのだと彼女は話す。


「ほラ、二人だと信仰二倍もらえるじゃン?」

「相方封印しといてよく言うね」

「だっテ! あいつ、他のオンナに手を出そうとしたかラ!」


 横から口を挟んで来たレンに、憤慨してスイコは叫ぶ。

 何だ何だ? ひょっとして痴情のもつれって奴か?


「何ヨ、巫女なんて侍(はべ)らしちゃってサ! ムカつくからこっちも巫女軍団作ってやったヨ!」

「そんな理由で雫姉さんは巫女頭に据えられたのか。さすがに気の毒に思うよ」

「ア。雫には内緒にしといてヨ?」


 雫って、あのお高くとまってる感じの巫女さんか。確かに理由を聞いたらプライドが傷つきそうだな。

 にしても、伏竜がそんな女たらしだったとは。道場の名前変えた方が良いんじゃないですかねぇ、大森さん?


「こほん。睡狐様のことを大体理解してもらえた所で。そろそろ本題に入るよ」

「やっとかよ」


 話が長いと抗議の声を上げるも、レンは「君に合わせて説明を入れたから時間がかかったんだ」と反論して来る。

 やっぱりこいつとは、根本的にウマが合わないようだ。ジト目でにらむも、臆することなく彼は続ける。


「鬼籠野燐。君は世界の救世主になる気は無いかい?」

「……は?」

「地球を、救ってくれ」


 いきなり何をトチ狂ったこと言い出すんだ、こいつ?

 戸惑う私に、レンは真顔で告げて来る。緋色の瞳に光が宿る。


「この星と同じことが、地球でも起きようとしている。未然に防ぐために、君の力を借りたい」

「や、んなこと急に言われても……一体何があったのさ?」

「父を──浄禊を止めたいんだ」


 この星なら、父に感知されることも無いとレンは続ける。

 ジョウケイ? レンの父親ってことは、そいつが竜ヶ崎のボス? あゆむを連れ去るよう指示した諸悪の根源か?

 だとしたら、言われるまでもなくぶちのめす対象の一人だけど。


「父は棋の根源に接触しようとしている。四十禍津日を使って」


 ヨソマガツヒとはこれいかに? またしても初耳のワードに首を傾げると。

 アラニャーシャと同じ、スパコンのようなものだと説明された。

 スパコン? ああ、スーパーファ●コンの親戚か。そりゃスゴい。


「浄禊の狙いは棋の根源による将棋界の支配。だけど根源への接触はリスクが大きく、今までは実現できなかったんだ」


 生贄(いけにえ)が必要だった。浄禊の代わりに、根源をその身に宿す者が。そこで白羽の矢を立てられたのが──。


「……まさか、あゆむ?」


 思わずつぶやくと、レンはこくりとうなずきを返してきた。ああ、やっぱりそうなのか。そんなことのために、あゆむは利用されようとしているのか。連れ去られ、巫女なんかに仕立て上げられて。


「許せない」


 黒い感情が噴き出しそうになる。鬼を抑えることができない。そうだ許せるはずがない。私からあゆむを取るだけじゃなく、彼の命まで奪おうだなんて。


「落ち着け。僕達が争っても、父の思うつぼだ」

「うるさい」


 元はと言えば、お前が拐(かどわ)かしたんじゃないか。今さら味方ヅラするな。

 右手の指先に火が灯る。指したくてうずうずしているんだ、私の中の鬼が。目の前に居るいけ好かないガキを、一刻も早くぶちのめしたくてたまらない。


「私達は敵ではありません! お怒りはごもっともですが、どうか拳をお収め下さいっ……!」


 あわててハクちゃんが叫ぶも、もう遅い。もう、我慢の限界だった。

 それに。発火してしまった以上は、私にだって止められない。倒すしかないんだ。誰かを。

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