人狼たちの戦場(21)

「派手にやりましたな」

 GPF艦隊のコーネフ副司令からの通信。

「大気圏を抜けていきましたぞ」

「そこからも観測できましたか」

「警報音でゆっくりもしておられませなんだので」


 サイクロトロンのエネルギー量を観測してシステムナビが警告を発したのだろう。地上のそれでも観測できたという意味だ。


「ともあれこれでオペレーションは完了です。ご苦労さまでした」

 心労をかけた熟練兵を労う。

「閣下でもなかなかにハードな任務でありましたでしょう?」

「こんな苦労するのはたぶん人生に数度というところではないでしょうか」

「今回の功績があれば星間G平和維P持軍Fの本部勤務になるのではありませんか?」

 からかうような口調。

「御免こうむります。僕はまだ現場にしがみつきますよ」

「おや、懲りていらっしゃらない」

「たしかにゼムナ案件はしばらく結構ですけど」


 サムエルはシートに深く腰掛けて脱力する。これほどゆったりと背中を預けたのはいつぶりだろうか?


 目をつむって大きく長く息を吐いた。


   ◇      ◇      ◇


「限定空間の地上戦でこの威力?」


 デードリッテは観測したサイクロトロンの規模を解析中。弾きだされた数字の桁がおかしくて、なにをやっているのか解らなくなる。


「これが宇宙艦隊戦だったら」

『近傍宙域からの狙撃で惑星の地殻全体に深刻なダメージを与えられますのよ』

 怖ろしいことに概算でもシシルの言を裏付けできてしまう。

「ゼムナ文明ってこんな兵器を撃ち合ってたの?」

『まさか。抑止力でしてよ。でも、滅びの間際には敵対勢力との戦闘でお互いに使う羽目になってしまいましたわ』

「それで滅んだの。保有するのさえ考えものだと思っちゃう」

 使用できる兵器であるのに変わりない。

『考えてみて? もしそれが無かったら、今度はもっと局地的な効果を及ぼす兵器が非戦闘員に向けてさえ使用されることになってしまいますの。使ってはならない兵器を携えているからアームドスキンの限定戦場で競いあうだけですむのでしてよ?』

「難しいね。争わないですめば一番だけど、こんな歴史を刻んでいる人類が偉そうに言える意見でもないし」

『悲惨だと分かっているのに繰り返してしまうのは、人が人であることのさがなのではないかしら』


 銀河の至宝だろうが、ゼムナの遺志であろうが、結論の出せない命題なのだった。


   ◇      ◇      ◇


 終戦宣言が成されたあとに講和の席が持たれた。アゼルナ側の代表はロナルタス・ハテルカヌ。彼が支族長の多数決で新議長に選ばれ、星間管理局ザザ支局長と握手を交わした。


 その後に友好を示す証としてパーティーが開かれる。GPF要員にとっては慰労の席でもあり、かなりの規模で催された。

 各艦から選抜された代表者にその席が与えられ、それ以外は自艦での宴席が設定されている。パーティー会場にはロナルタスを含む代表団の他にも人狼の姿があった。


「こっちこっち。今日はブルーが好きそうな珍しい料理もあるよ」

 とうぜん少女も参加している。

「これはいい」

「ブレ君ブレ君、これに食いついちゃうの? 相当な珍味感をかもし出しちゃってるんだけど」

「内臓だよ、人間種サピエンテクスも食べられるようにしてあるけど。これだったらわたしもいけちゃう」

 人工肉に慣れ切っているエンリコは完全に及び腰。

「根性ないわねぇ。その姿、動画にとってユーリンに見せてやろうかな」

「そんなこといって、リーダー、これ食べられる?」

「た、食べるわよ。ブルーだってあんなに美味しそうに……」


 またたく間に消費されていく様を見るとメイリーも引く。頬を引きつらせながらひと口齧った。


「お、おお、なんとも微妙な食感ね」

「ん~? 変じゃないよ。これは臭くないもん」


 普通に頬張る彼女に女戦士は情けない顔になる。目をつむって咀嚼を続けていた。


(楽しい。こんなに気を抜いて食事やお酒に没頭できる日が来るの待ってた)

 今日はずっとえくぼが消えない。


「いっぱい食べて~」

 狼の皿に肉を盛っていく。

「いっぱいいっぱい頑張ったし。誰かさんみたいに宇宙最強とか言わないだろうけど、少なくともこの宙区ならブルーが最強なんだもん。誰も咎めないよ」

「俺か? 俺ならば弱くなった」

「え~、謙遜なんかしなくても」

 彼は首を振る。

「本当だ」

「どうして?」

「前は君が未来へと羽ばたいていけるなら喜んで礎になろうと思っていた」


(あ、そんなふうに思ってたんだ)


 人狼は彼女の前にひざまずく。その手を取って青空の瞳が見つめてきた。


「今は君が離れていくのが怖くて堪らない」

 手の甲に輪環を着けた額が当てられる。

「どうか傍にいてほしい。俺と生涯をともにしてくれ」

「あ……」


 嬉しさで涙が溢れてくる。大きな頭を抱きしめると、頑強な顎を持ちあげて自分から唇を強く重ねた。それが答えだと言わんばかりに。


「あーあ、ダメダメだよ、ブレ君」

 エンリコがにやにやと笑っている。

「今はいいけどさ、プロポーズならちゃんと雰囲気作らないと一生言われちゃうよ?」

「解らなくもないけどね、ディディーが嬉しそうなんだからいいんじゃない?」

「もちもち、祝福はするけどさ」


 周りからひやかす声が集まってくる。人も集まってきた。


「これはすごいね。我が戦友君は銀河の至宝を射止めてしまったか」

 ロレフが拍手している。

「でかしたよ、ウルフ。私も安心して前線から下がれるさね」

 マーガレットも祝ってくれた。


「必ずや君を守ってみせる」

「ううん、一生一緒にいてくれるだけで満足だもん」

 狼のたてがみに顔をうずめて匂いを堪能する。


 二頭身アバターのシシルが荘厳な声で祝福を告げた。



※ 翌19日はエピローグとあとがきを更新いたします。

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