反骨の行方(9)

 デードリッテはジリジリするような時間を過ごしていた。

 サムエルたち交渉団との連絡が絶たれて結構な時間が経つ。外では戦闘が開始されているのに反応がない。どんな状況に置かれているのかも判然としない。


(最悪人質にされているかも)

 悪い予感が頭をよぎる。

(拘束されて連絡取れないなら救出しないとだけど、ジーレスの防衛だけで精いっぱいな感じだし)


 レギ・ソードは敵機の撃破で能動的な防衛をしているが、それもロレフ隊の受動的な防衛隊形が機能しているからである。もし均衡が破れそうならブレアリウスもリフレクタをかかげて壁になるしかない。


「どうにもならないんですか?」

「まずはジーレスの安全が確保されなければならんのだ。閣下がお戻りになれば切り離せるが、それまではアームドスキンの増員しかできない」

 彼女の悲痛な訴えにウィーブも苦り気味に答える。


 停戦協議にオルクコ一隻しか来なかったことで威圧的な行動は取れなかったと説明される。警護部隊以外のアームドスキンを宙域に展開していれば交渉に影響が出かねない。

 距離も離してあったため、スクランブル発進した部隊がようやく到達したところ。ジーレスの防衛陣は強化されたものの内部の様子は窺い知れない。


(無事でいて、タディ)

 彼女は友人のことが心配でならない。


『ジーレスで微弱な電波が検出されました』

 システムが通知してくる。

「内容を分析せよ」

『個人の通信機から発されたもののようです。断片的な単語から脱出中であると推察されます。ただいま負傷者の存在が確認されました』

「通信機の電波ならもう近いな。交渉団の収容が済みしだい即時にダイレクトパスウェイの切り離しをする。準備を」


 医務室への対応連絡はシステムが自動で行うので心配いらないが、誰が負傷しているのかが気になる。サムエルやタデーラが重傷を負っていれば大問題だ。


『隊員のジーレス移乗が確認できました。切り離しを行います』

 まずは第一関門突破。

『通信が入っているのでパネルをご確認ください』

「コーネフ副司令、僕は無事です。すぐに切り離しをします」

「こちらから指示しました」

 珍しくサムエルの顔色が悪い。

「ペクメコン参謀が重傷を負っています。すぐに収容を」

「え!?」


(タデーラが重傷?)

 デードリッテは愕然とした。そうしているうちに彼女が大写しになる。


「機甲隊員にも負傷者がいますが命に別状はありません。プロテクタをしていなかったタデーラ君が心配です」

「そんな!」

「今のところ命に影響するほどではありません、博士。ですが内臓に損傷が及んでいる可能性が高いので予断は許さない状況です」

 サムエルは気休めを言ってくれない。

「すぐに行きます!」

「とりあえずは医師に任せてください。博士にできることはありません」

「……はい」


 画角に入ったタデーラは機甲隊員の一人に抱きかかえられている。その腹部周辺に多数の焼痕が見てとれた。

 涙が溢れる。彼の言っていることが圧倒的に正しい。デードリッテに薬剤の知識はあっても治療する技能を持っていないのだから。


「何が起こったので?」

「テネルメア議長が殺害されました」

「なんと!?」

 意外な事実が告げられる。

「この状況は彼の意に沿わぬ形で起こりました。首謀者はスレイオス・スルドです」

「あ奴めですか」


 尊大な人狼の姿が頭に浮かぶ。これまで表側に姿を見せていなかったが、オポンジオの構造などに彼の片鱗が窺えていた。


「そうだ! シシルは?」

『わたくしはオポンジオに捕らわれたままですよ』

 現れた二頭身アバターが他人事のように言う。

『彼にとっても大事な人質でしょうからね』

「じゃあ、今は……」

「レギ・ソードはオポンジオと交戦中。苦戦してるから」

 ユーリンが教えてくれた。


(停戦をご破算にしてシシルを奪った? ブルーも危険にさらしているって言うの? あの男が?)

 怒りがふつふつと湧いてくる。


「許さない……」

 噛みしめた歯の間から言葉をもらす。

「許さない。許さない。許さない。許さない。許さない!」

「博士、落ち着きなさい」

『そうですよ。あなたが怒ったところでどうにもなりません。今はブレアリウスの勝利を願ってあげてくれないかしら』


(こっちもどうにもできないって言うの? そんなの嫌! 嫌だ!)

 下唇を噛みしめる。


「普通だったらブルーが苦戦するようなアームドスキンじゃない。何かあるんでしょ?」

『わたくしが捕らわれている所為で狙撃できないっていうのもあるけれど……』


 彼女がモニターしているレギ・ソードの状態に大きな異常はない。激戦による機体損傷で不利な状況に置かれているのではないはず。


『主にこれの所為でしょう。レギュームという兵器です』

「これが?」


 複数の情報パネルが立ちあがる。外観から機能まで全ての情報が与えられた。


『戦闘が終了したら提供するつもりだったデータですけれど』

 シシルの口が重い。

「機動式砲架? こんなに大型で出力も大きい」

『稼働時間もそれなりに長いですよ』


(これも遺跡技術なんだ。きっと責任を感じてる)

 責める筋合いはない。今も最も危険な状況下にあるのは彼女が一番なのである。


「わたしがなんとかしてみせる! データリンク、こっちにちょうだい!」

「う、いいけど」


 デードリッテはユーリンが気圧されるほどの気迫をみなぎらせていた。

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