反骨の行方(5)
サムエルを乗せたジーレス1番機は戦艦オルクコの舷側に接舷する。ダイレクトパスウェイを繋げて艦内に入ると、戦闘要員らしきアゼルナンが厳粛な面持ちで列をなしていた。
武装解除を求められないのは互いに信用をしてのことと理解する。先に渡らせた機甲隊員が作った輪の中へ進んだ。プロテクタの隙間から覗くと、通信で顔を合わせた老狼が歓迎のポーズで待っている。
「ようこそ、サムエル・エイドリン司令官」
「お招きにあずかりました、テネルメア・ポージフ議長」
声音は穏やか。テネルメア自身は武装もしていない。彼は少し落ち着いて話ができると思った。
(どうやらすでに心のほうは決まっているようですね。それならあまり無理は言ってこないでしょう)
難しい交渉事になりそうではない。
(必要なのは、極力言質を与えないことですね。
「こうして直接顔を合わせたものの、現状は交戦中という建前。優雅にお食事会でも、とはまいりませぬのう?」
「そうですね。お互い護衛に囲まれての食事はお世辞にも美味しいとは申せませんでしょう。ここはご用意いただいた席でのお話としますか」
テネルメアは鷹揚に頷き、艦内へと通路を指し示す。
「こちらへ」
「では、まいりましょう」
サムエルは同伴者を促した。
◇ ◇ ◇
ブレアリウスたちは戦艦の舷側に底面を接続したジーレスの周囲に位置して警戒中。その周りをアゼルナ機が広く展開してGPF機を警戒している形。
「こんな奇妙な状況、初めてね」
メイリーがこぼしている。
「元正規軍パイロットのリーダーが経験ないんじゃ、生粋の
「ないな」
「尻の座りが悪い感じ」
彼女の表現は言い得て妙だ。
「リーダーなら尻に敷かれたい男の立候補はいくらでも集まるんじゃない?」
「
「ひえー、痛気持ちいいのとか、新しい扉が開きそう」
馬鹿話に花が咲く。
「やめとくわ。ユーリンに叱られるから」
「別にいいよ、メイリー。しっかり調教してくれるんなら」
「お話はありがたいけど遠慮しとく。自分でやんなさい」
ターナ
「楽しそうだね」
混ざりたいふうなのはロレフである。
「美形には無縁な話よ」
「そうかい。僕は一応女性の要望には極力応えたいんだけどね」
「全部聞いてたわけ。余裕ね」
メイリーは呆れ声。
「君は初めてみたいだけど、GPF長ければ割とある状況なんだよね」
「あら、そう?」
「紛争解決だからさ。停戦に応じるところまで来たらもう終わってる。包囲するのも体裁を整えるだけ。ここでひっくり返しに来て人質工作とか通じないよ。その時は確実に
踏みこんではいけないところまでいけば不動の軍も動くらしい。それが分かっているから相手も無茶をしない。その結果として、こんな奇妙な任務が少なからずあるようだ。
「なーるほど。あんたたち古株からすると、これは任務完了の合図なわけね」
彼女とともにブレアリウスも納得した。
「そうさ。うちの連中なんて内心じゃ休暇中の彼女や家族とのバカンスに心を飛ばしてる」
「不謹慎だこと」
「言わないでくれよ。お堅い任務に縛られた僕たちの悲哀も理解してほしいね」
おどけているところを見ると事実だと思える。
「そのうち嫌でも理解するわよ。だってあたしももうそっち側なんだもの」
「ようこそ、素晴らしき公務官の世界へ」
(俺はこれが終わってもGPFパイロットでいられるんだろうか)
ブレアリウスにはまだその先のことは考えられなかった。
◇ ◇ ◇
「まずは言葉をいただけるじゃろうか?」
席に着いたテネルメアが切り出す。
「停戦に応じてほしい。こちらからの戦闘は一切停止しよう。艦隊を軌道付近に置いたままでもよい。機動ドックまで下げてくれると支族を安心させられるのう」
「成立すれば艦隊は下げると約束しましょう」
「管理局員との講和条約締結協議に応じる。その時は戦力を地上に下ろすのも容認する。講和に関する細かい話は直接でなければ通るまい?」
準備していたであろう文言が並べられる。
「ええ、僕には権限がありません」
「では停戦協定だけなら結んでくれるかの?」
サムエルは準備していた電子書面を老狼に提示する。彼は内容を確認するとサインをし、タデーラが受け取った書面を保存した。
「これで停戦協定は成立です」
「うむ、ご足労であった。では、約束のゴート遺跡の引き渡しをするかの」
立ち上がったテネルメアに合わせて彼らも移動をはじめる。どうやら艦底部にあるカーゴエリアへと向かうらしい。
「これは独り言じゃがの」
少し前を歩く人狼が言う。
「我らは肝心要たるシシルを返す。丸裸になるのじゃ。これには覚悟がいるのは解ってもらえるかの?」
「無論です」
「では内々に統括管理国落ちだけは回避できんか打診しておいてくれんかのう?」
これも想定内の要望だった。
「確実ではありませんが、口添えするのはやぶさかではありません。ただし、いくつかは条件付きになるのは否めませんが」
「仕方ないのう。未来を棒に振るよりマシじゃ」
(我を張ろうと、彼も政治家なんですねぇ。市民の権利を守るためなら野望も捨てますか)
サムエルは感心する。
だが、アゼルナから上昇してくる部隊があるのを二人は知る由もなかった。
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