錯綜する策謀(6)
前哨戦は終了のようだった。まるで互いが手の内を探るように用兵を行い、大きな衝突もないままに戦力を退く。
(なんか妙な感触だった)
ブレアリウスは違和感の正体を探る。
(アルディウス兄のやることが迂遠なのは珍しいとは思わん。どうせ裏があってのこと。ただ、司令官殿までそれに付き合っているのがどうも読めん。探りの一手くらい挟んでくると思ってた)
こんな静かだった戦闘は紛争開始以来初めてだったかもしれない。消耗したのは両軍とも
「しんどい……」
メイリーのレギ・ファングが脚に掴まってきた。
「連れて帰って」
「分かった。帰ったらシャワー室には放りこむ。その後の責任は持てん」
「仕方ないから、ぼくが面倒見てあげるよん」
エンリコは通常運転。
「蹴りだす」
「わおわお、善意なのに」
帰投してパイロットシートから流れ落ちたメイリーを抱きあげて約束通りシャワー室まで運ぶ。デードリッテがやってきたので世話を頼んでおく。
「神経戦だったからな」
「タフなリーダーでもさすがに初実戦機体であれをやるのはきつかったみたいだね」
隣で少し長めにした癖っ毛をシャワーの温水で流しながらエンリコが言う。
「すぐに慣らしてくる」
「心配ないない」
「それより司令官殿がなにを考えているのか気になる」
泡が鼻から入らないよう吹き飛ばす。
「いやいや、無理っしょ。あの人が考えてることなんて」
「知ると知らんでは動きも変わる」
「必要なら言ってくるって。無けりゃ言う通りにしてればいいじゃん」
(アルディウス兄のこと、企んでるに決まってる。裏をかけないまでも、要点だけでも頭に置いておけば対処できそうなんだが)
「専用機まで預かってる以上は、な」
『そんなに難しく考えなくてもよくってよ』
自室への道すがら、もれた考えにシシルが反応する。
「重い~。助けて、ブルー」
「おっと」
「あれま」
メイリーを背負う少女と出くわす。
助けに走り、考え事がどこかへ飛んでしまうブレアリウスだった。
◇ ◇ ◇
戦列の後方で徹頭徹尾指揮に専念していたアルディウスに従っていたロロンストはさほど疲れを感じていない。戦機長として命令の中継と実行を確認していただけである。
(あの用兵、やはり
上官の思惑はなんとなく読めた。
(終始積極性は見られなかった。連中はアルディウスが司令官だと知っているんだな。だから罠を警戒して大胆な攻勢はかけてこなかった)
つまりは、あの学術協会の一件も上官の仕掛けだと看破していたということ。相手を理解しているからこその静かな攻防だったといえる。
(だとすれば、どうだ? 今の戦力配置からして狙いは……)
アルディウスとて三分の一の戦力で本当にGPFを打ち破れるとは思ってないはず。
(ならばどう立ち回ればいい? 閣下の
「どうなさいます、アルディウス様? 次の戦闘までに
含みを持たせる。
「準備ってのは?」
「例えばタイミングとか方向とか、大事なのではないかと愚考いたします。おおっぴらにとはいきませんが、事前に命じておかれたほうが良いのでは、と」
「ほう?」
彼を見る茶色の瞳が細まる。
「君は使えそうだな。手配は任せよう」
「ありがたき幸せ」
「原案はできているから渡しておく。タイミングの修正をくわえるだけでいい。時期を決めたら伝えるからさ、あとを頼むよ」
携帯端末に作戦案が送られてきた。目を走らせ、予想通りのものであるのを確認する。タイミング調整は難しくなさそうだ。
「結果を出してくれればちゃんと報いるよ。そのあたりは安心してくれていい」
「微力ながら任務に邁進いたします」
「父上に鍛えられただけはあるね。期待しているよ」
耳を寝かせ一礼する。アーフ家の長兄は愉快そうに彼を見ていた。
(これほど早く好機を得られるとは。閣下に感謝せねば)
ロロンストは頭の中で
◇ ◇ ◇
「どうだ、オポンジオは?」
スレイオスが訊いてくる。
「まだろくに動かしてない」
「奴のことだ。まだるっこしい策を練っているのだろう」
「…………」
通信パネルの相手に沈黙で応じる。ベハルタムにはアルディウスの作戦までは分からない。スレイオスの考えでさえきちんと飲みこめていないのだ。
「無理をする必要はない」
スレイオスはいつも自信満々に耳を立てている。
「難しい要求をする気はないからな。機だけ読みとって動けと言っている。それはお前が得意としているところだ」
「ああ」
「アルディウスに御されて終わる私ではない。せいぜい高く売ってやれ、機体の性能とお前の実力をな。頼らざるを得ない方向に持ってくのが正解だ。分かるな?」
頷いてみせる。
「用心深いから、そうそう前には出て行かんだろう。欲をいえば窮地を演出できるのがいい。実戦での駆け引きなら得意分野のはずだな? 上手に誘導してやれ」
「できれば」
「うむ、警戒されるのは得策ではない。だから機を見るのだ。いいな?」
何が起こるか分からないのが戦場。彼もそれを十分に理解している。容易ではないが可能だと思っている。
「急がないから慎重に行け」
「疑われないようにする」
「その調子だ」
スレイオスは言いたいことだけ言って通信を切った。
言われた通り、通信機のスロットに渡されたメディアを飲ませて読ませる。それで通信ログは消去されるはずだ。
ベハルタムは無表情のままで席を立った。
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