陥穽の檻(6)

 スコロニド市上空に達すると散発的な砲撃が襲ってくる。目標変更後に周知された通り、ここにはアームドスキンが配備されていない。各地の防備に回せるほどの生産力はないのだろう。


「果敢にも挑んでくるねぇ」

 力場盾リフレクタを掲げた人型が大地を歩いて狙ってくる。

「当然じゃない。あたしがあっちの立場だとしても住民捨てて逃げない」

「いやいや、そうだけどさ。いても四十くらい? 二千機相手に挑むかね」

「そう思うなら、勇気に免じて脚とか腕を狙ってやんなさい」


 メイリーやエンリコも無謀ともいえる敵機の行動に迷いを捨て切れないらしい。


(俺でも出撃るな。死は覚悟のうえで。それならば)

 ブレアリウスも自機を降下させる。


 リフレクタで弾けるビームに合成音が重ねられて被弾を報せる。実際には空電放出音がするだけ。

 狙撃するとジャンプして躱す。今ではそれも重たげに見えてしまう。彼も以前はアストロウォーカーに乗っていたし、地上戦では鈍重な動きしかできなかった。


(すぐに忘れて贅沢を憶えるものか)

 レギ・ファングは軽快に大地を駆け、大きな足音もたてない。


 地を蹴って機敏な回避機動をかけつつ接近する。アゼルナ軍のオロムドは、彼の機体が右手に持ったブレードを振りかぶるや、スラスターを噴かして上空に逃げようとする。同時にジャンプして迫ると大腿部を両断した。


「無理だ。去れ」

「くそっ!」


 バランスを崩して落下したオロムドにビームランチャーを向ける。脱出したパイロットは苦々しげにひと睨みして駆け去っていった。


 防備部隊はひとたまりもなく制圧される。星間G平和維P持軍Fが二千機もの戦力を投入したのはスコロニド市の占領が目的ではないはず。おそらく保険のようなものだと人狼は思っていた。


「来たよ、ブルー。降下地点確保」

「了解だ」


 ジーレスが遅れて着陸態勢に入っている。アームドスキン隊は周りを取り囲むように外向きに警戒しつつ着陸サポートをする。

 ランディングギアが機体から伸びて着陸する。底部に位置するハッチがスロープを形成すると続々と戦闘車輛が滑りだしてきた。荒地走行可能な噴射浮遊式装甲車エアロビークルが列をなして市中に向かっていく。


「ブルー!」

 ウインドウが開いてオレンジのヘルメットが覗いた。デードリッテだ。

「何が起こるか分からん。閉めておけ」

「分かったー!」


 外部スピーカーで警告する。彼女は素直に中に収まる。望遠にするとウインドウ越しにずっと見上げている。反重力端子グラビノッツ出力を重量ゼロに上げて機体を上空につけて警護する。


(明るく振る舞っているが、緊張感を誤魔化しているだけだろう)


 ブレアリウスは経験から心理を読みとっていた。


   ◇      ◇      ◇


 機甲隊員は大振りなレーザーガンを二丁小脇に抱えても驚くべき速度で行動する。とてもデードリッテには真似できない。警護してくれる男に促されて一緒に走るのが精一杯だった。


(ひゃ~、すごい~! 迷ってる暇なんて欠片もない~)

 置いていかれないよう走ることしか考えられない。


 収容施設と思しき建造物の門を破壊し、次々と扉を蹴り開けるなり打ち壊すなりして進んでいく。時折り銃撃戦も起こっている。それなのに彼女が走る速度より速い。


(プロテクタが重い~。メイリーの言う通りにして正解~)

 息も絶え絶えにようやく目的の拘禁部屋らしき場所まで到達した。


「やはりロックかかっています。解析班!」

 先行した隊員が叫んでいる。

「お願いできますか、ホールデン博士?」

「……ま、任せてください」

 懸命に息を整えながら答える。


 ハンドガン型の透過装置を扉の周辺に向ける。手元に表示された投影パネルの様子に集中した。


「こことここを破壊してください。それで開くはずです」

 スライドを止めるロックピンの位置を示す。

「よし、撃て。全員を解放しろ。急げ」

「撃ちます。離れてください」


 ロックピンがレーザーで溶かされ、人力でドアをスライドさせる。中からは恐るおそる拘束されていた人が出てきた。


「救助にきました。外へ」

「ありがとう! ずっと待っていた!」

 外にいたのがGPFの機甲隊員だと知って皆が涙している。


(ああ、あんなに痩せこけて……)


 管理局員は痩せてしまっている。今は喜びで身体が動いているようだが、かなりつらい状態だろう。中には歩くのもままならず、支えられて出てくる者もいる。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」

「なんで泣いてるんですか? 助けに来てくれてありがとう。君みたいな少女まで」


 彼らはデードリッテの所為で救出が遅れたなど知る由もない。それがあまりに申し訳なくて謝ってばかりになる。速やかな救出ができたのがせめてもの救い。


「博士、こちらが開きません! 見てもらえますか!」

「たぶん左右対称になってます。反対側を狙ってみてください」


 通路は拘束されていた局員であふれ始める。突入部隊が警護して外へと誘導を進めていた。


「隊長、二百三十九名全員の無事を確認できました」

「誘導しろ。順次、エアロビークルに搭乗してもらえ」


 人波は逆流する。今度は外に向けて走らなくてはならなくなった。

 ラウネルズシャフトから遅れて到着した搬送用ビークルに解放した人々を乗せる。自分たちが乗ってきたビークルも搬送に割り当てると機甲隊員は並走しはじめた。


(まだ走れるの~!)

 彼女からすると常軌を逸した行動。皆はもっと重装備なのにだ。


「あは、ははは……」

 一人、ビークルのルーフに座らされる。引きつる笑いを上空に向けると、レギ・ファングが巨体を浮かせて飛んでいた。


(これはちょっと恥ずかしいかも)


 デードリッテは自信もって救出作戦に志願した自分を恥じた。

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