陥穽の檻(2)

 反重力端子グラビノッツ搭載戦闘艇『ジーレス』はそれほど大きくない。戦闘艦に内蔵できるほどでもないが、係留するのは難しくないサイズ。

 単独で超光速航法フィールドドライブも可能なのだから係留して運搬する必要性もない。接続するのは移乗するときくらいだろう。


「本作戦に投入して指揮を執ります。我々が乗りこむだけならば十分な大きさでしょう?」

 ウィーブも頷いている。

「補給物資も積載できることを考えれば、今後はジーレスとアームドスキン部隊だけで地上運用が可能になりますな」

「いえ、これはまだ序段に過ぎませんよ」


 言葉を継ごうとしたサムエルが座る司令官席の横にレモンイエローのパイロットブルゾンが駆けこんできた。少し低めの人工重力の中を亜麻色の髪が舞う。


「届いたんですか?」

 デードリッテの丸い瞳が好奇心に輝いている。

「ええ、無事に。あれが新型戦闘艇です」

「ほんとだ~。そっかぁ。往還機でも翼は必要ないんですね~」


 大気圏と宇宙を行き来できるのが往還機。軌道エレベータが一般化してからは、その概念そのものが怪しくなった機体だが全く存在しないわけではない。ただ、既存の物は大気圏内飛行用の翼を有している。


「新宙区だと旅客用の民間機もあれだって言うのですから驚きですよね? 『クラフター』と呼ぶのだそうです」

 技術者相手に説明するまでもないかもしれない。

「博士が次々と新型アームドスキンを発表するので中央の技術者は尻に火が点いているのです。このままでは面目が立たないと」

「え~、気にしなくてもいいのに。わたしの能力なのは一部だけなんだから」

「そうもいかないのが現実です」


 ゴートからの輸入に頼るわけにはいかない。中央管理局の技術開発部局員は寝る間も惜しんで現行規格部品を転用できる艦艇を設計しているのだと想像できる。


「コーネフ副司令とも話していたんです」

 サムエルは続ける。

「ジーレスの実用化はただの序段です。しばらくしたら戦闘艦さえ重力圏航行が可能になり、反重力端子グラビノッツ搭載技術は民間へと普及していく。翼を持たない大型の旅客船が空を飛ぶ光景も遠くないでしょう」

「そうなるとシャフトは無くなっていくのかも」

「どうでしょう? 今のところコストパフォーマンスでは軌道エレベータのほうが勝っているそうですが」

 反重力端子グラビノッツで滞空はできても推力がない。

「ガス推進スラストで良いなら大気ジェット推進機なんて数時間で設計できますけど」

「それは博士だからですよ」

 苦笑いを返すしかない。


 少女の頭の中で世界は簡単に変容する。それも実現可能なレベルでだ。


「お願い聞いてくれたら喜んで協力します」

 流し目で言ってくる。

「怖いですね。要望はなんです?」

「わたしも連れていってください」

「はい?」

 完全に予想外の台詞。

「あのジーレスに乗せて管理局員の救出作戦に同行させてほしいんです」

「また無茶を」

「それは聞けませんな、博士」

 ウィーブも反対する。


 が、反対されるのは想定済みだろう。退く気配もない。


「どうして危険に飛びこむような真似を?」

 理由がなくてはおかしい。

「わたしの所為だから」

「貴女が何を?」

「わたしが人質になってたりしなかったら局員さんたちは今頃はもう解放されてたんでしょ? 苦しみを長引かせているのは、禁を破って軽はずみなことをしてしまったから。何でもいいから協力したかったんです」


 サムエルは納得した。理由としては真っ当だ。許可できるかは別の問題だが。


「博士のお覚悟は感心に値します。救出した局員にお心だけは伝えましょう」

 暗に不許可を告げる。

「駄目ですか?」

「エントラルデンで作戦の成功を祈っていてください。あまりに危険です。それにご協力いただけるようなことがありません」

「そうでもないと思います。たぶん拘束されているんでしょう? わたしだったら簡単に開放できますよ?」

 デードリッテは妙に自信ありげだ。

「もちろん専門の要員を投入します。電子錠は博士の専門外ではありませんか?」

「いいえ、電子錠でもロック部分は機械的なものです。わたしならどこを破壊すれば開くか一目で解ります。電子錠を解析するよりも早く」

「ふむ」


 はったりではないだろう。できて不思議ではない。しかし、彼女を危険にさらすリスクと天秤にかけて傾くほどのメリットでもない。


「お気持ちだけで……」

「良いんですか?」

 断わられるのは計算のうちだったらしい。言葉をさえぎられてしまう。

「わたしが地上に降りて行動してたらアクセスしてくるかもしれませんよ? シシルが」

「む!」

「彼女がどこにいるのか、こちらが把握していないのは分かっているはず。居場所を聞きだすチャンスを捨てるんですか?」


 ゼムナの遺跡が容易ならざる状況に置かれているのは間違いない。これまで何のヒントも送られてこないのはアクセスに制約がある所為なのかもしれない。アゼルナ本星のネットワーク内でデードリッテを確認できれば接触してくる可能性を否定できなかった。


「参りましたね。十分に理論武装してきたというわけですか」

 彼が軍帽を取って金髪を掻くと、彼女はにっこりと笑う。

「戦術の専門家を出し抜こうとするとはね」

「どうです? 損はしないと思うんですけど」

「認めましょう。降参です」

 溜息のあとに負けを認める。

「ただし、一つだけ守ってください。今度ばかりは僕の命令には忠実に従うこと。これだけは曲げられません」

「は~い」


(あまりにリスクは大きい。でも、計画通りに進められれば彼女を守りながら遂行するのもそれほど難しくないでしょう)


 サムエルは彼女を警護しつつ作戦遂行する手順を組みはじめた。

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