憎悪の鎖(8)
(気持ちが一つになったと思ったのに、こんな人とも親しくなってたなんて。ちょっとショック)
ブレアリウスがチェルミを受け入れているのを裏切られたみたいに感じる。
それでも彼には一線を引いてほしかったとデードリッテは願ってしまう。余計なトラブルの原因になるとも思うのだが、それ以上に感情的な部分が大きい。
(我儘なのかな、わたしだけの狼でいてほしいって思うのは)
独占欲。自分の中にそんな欲望が眠っていたのは肯定したくない。
研究者であり発明者であろうと願うなら、名誉を求めることはあっても独占しようなどとは思ってはならない。権利を主張するのは、生きる糧を得る方便の域を超えてはいけないと思っている。
「まあ、アゼルナンの中に物好きがいてもおかしくないってことか」
食事を進めながらエンリコがしみじみとこばす。
「それは認めざるを得ないけどさ、立場は弁えないといけないって思うね、ブレ君。君は重要な立ち位置にいる。トラブルが大きくなれば司令官の頭を悩ますことになるってね」
「心得てる」
「恋愛は自由だけど気を付けなよ」
どの口が言うと感じるが、この場合は彼が正しい。
「ああ。あんな場所で話しかけてきても今度は無視するからな、チェルミ」
「はいはい、分かったわ。
今回はイレギュラーだったらしい。それはそれで癇に障るが。
(人目がなかったら、この美人狼さんと会うって言うんだ。もー)
デードリッテは皿の肉に乱暴にフォークを突き刺した。
◇ ◇ ◇
「どこまで進んでいて?」
ホイシャ・アーフは自慢の金の尾を膝の上で撫でながら問う。
「予定通り、我が国軍の一部は
「別に構わないわ。なんだったら、どさくさ紛れに始末してちょうだい」
「それは……」
彼女にもう息子はいない。三人の娘は嫁ぎ先。能力があれば女児でも後継に選ばれなくもないが、その中にフェルドナンが惜しいと感じるような娘は含まれていなかったということ。
このうえは、ホイシャがもう一人産むしかないと考えている。彼女の未来のためにはエルデニアンもアルディウスも邪魔でしかない。
「過ぎた願いとお考えください。怨敵を葬るための策であるのをお忘れなきよう」
家令が諫言してくる。
「事がおおげさになって調査され露見すれば旦那様の怒りを買い、奥様は破滅にございます」
「確かにね。では可能ならばということにしておいて」
「偶然に期待する程度にお収めください」
不満げに鼻を鳴らしたホイシャは毛足の長い尻尾の毛並みに指をうずめた。
◇ ◇ ◇
サムエル・エイドリンは『ゼクトロン』のレポートに目を通している。
「問題ない……、というか絶賛だね。ロレフ君だけでなくキーウェラ戦隊長をもってしても」
ソファーの反対側のコーネフ副司令に目をやる。
「『銀河の至宝』を本気にさせると怖いですな」
「それだけ、あの人狼の重要性が増してくるというものです」
「間違っても内輪もめで失うわけにはいかないでしょう」
ウィーブが示唆しているのはハルゼト軍のこと。
「捕虜の引き渡しには応じるでしょうか?」
大事な人質と天秤にかけるのではないかと懸念しているようだ。
「感触は悪くありませんでしたよ。近々交渉が進展するでしょう」
「管理局員の救出はプライオリティの高い事案ですから上手くいってくれなくては困りますな」
「以前だったら、こちらの要求を無視して無理を通そうとしたかもしれません。ですが、もっと重要度の高い人質を捕えていると言ってあげましたからね。局員のプライオリティは下がったと判断するはずですよ」
シシルの存在を匂わせたのは、そんな意図もあってのこと。
「では、それまでに動いてくれないと面倒な話になりますな」
「そちらも分は悪くないと思っています」
「あのハルゼト軍の動き、そう思われましたか」
前回戦闘で後退速度が想定以上に速かった件である。まるでアゼルナ軍の一部を分断しようと最初から狙っていたかのようだった。
「
「あくまで表立って活動する気はないのですな、民族統一派は」
サムエルは捕虜を利用してメルゲンス内のハルゼト兵の中にもいるであろう民族統一派をあぶりだそうと目論んでいる。
「お膳立ては済みました。あとは仕掛けに食いついてくるのを待つだけです」
「監視は甘めにしてあります。対応する戦闘部隊も鹵獲機のルート上に配置しておきました。一網打尽といきましょう」
「ええ、そのつもりです。あ……」
下がろうとするウィーブを止める。
「なんですかな?」
「くれぐれも留置区画付近に立ち入らないよう徹底しておいてくださいね?」
「無論です」
念押ししたサムエルは別の案件報告書に目を通すべく投影パネルをタップした。
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