憎悪の鎖(7)
(あとは随時対応してくしかないもんね)
解放感から鼻歌混じりにデードリッテは思う。
(レギ・ファングも見ておきたいけど、今日はブルーとゆっくりしたい)
居場所を調べると、またもやメルゲンスのほうに表示が出た。半舷休暇に入ってからはめっきり入り浸りだ。
(広いフードコートで昼食にできるからちょうどいいかも)
途端に空腹感が湧いてくる。
現金なお腹を宥めつつダイレクトパスウェイに飛びこむと、前方に見知った後姿があった。
「エンリコさん!」
呼びかけると身体を開いて空気抵抗で減速。
「どしたの、ディディーちゃん?」
「ブルーに会いに行くとこ。エンリコさんは?」
「出会いを求めて大海原へ」
いいかげんなことを言う。
「ブレ君もあっちかぁ」
「最近多いよね?」
「ドックの広いトレーニングルームのほうが遠慮せずに動けるんだってさ」
(せっかくの休暇なのに自主練に明け暮れる気かな? ちゃんと休むようにさせないと)
それが人狼の焦りなら周りが気にしてやらないといけない。
「じゃ、ブレ君のとこまで送ろうか」
そんな台詞が普通に出てくるあたりが彼がモテる要因だろう。
「フードコートだからきっと大海原ですよ」
「そいつはありがたいね」
エンリコにエスコートされて目的地まで歩く。昼時ということで賑わいが外まで漏れてきている。
「っと、マジか。まずい」
「え?」
見回した優男が駆け出していく。驚いたデードリッテも中を覗く。印象的な三角耳が付いた頭は一つ飛び抜けていてすぐに見つけられた。
ただし、その隣には同族のアゼルナンが腰かけている。衝撃に一瞬思考停止してしまった。
(トラブル? だからエンリコさんは?)
慌てたのだろう。
足が前に出ない。なにか違う空気を纏っているように感じる。
会話したエンリコが露骨に安堵した表情を見せ彼女を指差してくる。青い瞳が自分を捉え、耳が向いたのを見てようやく硬直が解けた。
「問題なかった?」
「ああ、知り合いだってさ。絡まれてるんじゃない」
近付くと安心させるように優男は言った。
(なんか変な感じ。相手がアゼルナン女性だからかな)
「えっと……」
「彼女はチェルミだ」
「チェルミさん?」
金毛の女狼は穏やかに微笑んでくる。
「チェルミ・エイホラです、ホールデン博士」
「あ、デードリッテです」
(トラブルじゃないのに不安になる。どうして?)
「お会いできて光栄ですわ」
「そんないかしこまらなくてもいいです。それほどじゃないんで」
「銀河の至宝ともあろう方が? でも、そう言ってくれるならお言葉に甘えようかしら」
すぐにくだけた口調になる。
「よろしくね。ここしばらくブレアリウスとは親しくさせてもらってるのよ。彼、面白いもの」
「面白い、かな?」
「同族にはとことん嫌われているのに、こんなに
(そんな言い方。許してるの?)
人狼のほうを見るが特に苛立つ様子はない。
(ブルーにとっても同じイメージなんだ。当たり前に思ってるから怒ったりしない)
認識を共有しているのがデードリッテの胸をもやもやとさせる。
「どこがそんなに魅力的なのか、すごく気になって」
チェルミが彼を見る視線に混じる感情は彼女にも察せられた。
「深く知りたいなって思っているのよ」
「それは構わないけどさ、ちょっと場所を選んでほしいね」
「今日は仕方なかったの。だって待ち合わせだって言うんだもの」
フードコートにはハルゼト軍のアゼルナンも出入りする。彼らは集団で席を確保する傾向が強くて、たいがいは一角を占めている。だからブレアリウスはその一角から最も離れた位置を選べばトラブルは避けられた。
ところが今日は間に人間種の層を挟むとはいえ彼の傍に同族女性が座っている。アゼルナンたちは胡乱な視線を送っては囁きかわしていた。
「なら合流したってことで場所を変えよう。個室のあるお店をお勧めするね」
立ち去る気配のないチェルミに妥協案を示している。
「ああ、空気が悪い。ディディーも構わないか?」
「うん……」
連れ立って移動する。少し値は張るが小洒落たレストランを選んだ。
本来ならここで別れるはずだったエンリコもついてくる。微妙な雰囲気を読んでくれたらしい。会話も先導してくれるのでありがたかった。
「そりゃ、ブレ君にアゼルナンの友人ができるのは歓迎さ。孤立感は埋まるだろうからね」
優男は肩を竦める。
「でも、いきなり近過ぎるのはね。びっくりする。それに美人さんというのは反感の元になりかねないぜ?」
「分かるのか?」
「まあね。そういう嗅覚はぼくも負けてないさ」
(チェルミさんって美人なんだ。だから近付いてきても嫌じゃないのかな?)
狼はそんなタイプじゃないと思うが。
「ありがとう」
褒められた彼女は満足顔。
「あなたも人間種にしては格好良いわ。そういう環境で育ったから分かるの」
「どういたしまして。君なら別にブレ君を選ぶ必要はないと思うね。アゼルナンにも色男は多いんじゃない?」
「つまんないわ。だって露骨に男の匂いを漂わせて近付いてくるんですもの。深い仲を望むだけって思ってしまうの」
美人狼はやはりモテるようだ。
「あー、そういう意味では面白いだろうね。ブレ君じゃ同族には警戒感しか抱いていない」
「あからさまに毛色が違うのよね。実際の毛並みも」
チェルミは人狼の頬の毛に指を絡ませる。
(仔狼ちゃんは欠伸してる。嫌じゃないんだ)
そういう視点に理解が及ばない。
デードリッテは悔しく感じると同時にうらやましくもあった。
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