戦場の徒花(4)

 デードリッテはレギ・ファングの横の作業卓に陣取って青い巨体を見あげる。


(本当によくできてる。これだけの性能をこんなにコンパクトに収めるなんて)

 組みあげた彼女自身でさえそう思える。

(単純なコピーじゃダメ。量産にもコストがかかりすぎ。整備も一辺倒なマニュアルじゃ追いつかない。実用的じゃない)


 再現はできても現実にはぎりぎり。どれだけスペックが良くても採算性が散々な有様になる。噛み砕いた機構をフィードバックさせないと量産機なんて望めない。


「シシルは遠い存在だなぁ。っと!」

 慌てて画面を消す。見せるわけにはいかない人物が接近してきた。

「どういうこと、ポール? 取材は事前に申し入れてもらえるはずだけど」

「その……、彼女があまりに熱心なんで、できれば協力してあげたいと」

「約束を守ってくれない人と話せることはありません」

 エレンシアを連れてきた彼を冷たくあしらう。

「そう言わずに、少しだけお時間いただけない?」

「困ります。特にここは機密の塊みたいなところです」

「へぇ。この青いアームドスキンは他のと違うのね。新型の試作品?」


(馴れ馴れしくなってる。なに、この人)

 嫌悪感が背中を這いあがってくる。


 その間にもカメラマンが機体全体をおさめようとしているのをポールが制止していた。歯止めが利かなくなっていると感じてしまう。


「取材を続けたいのでしたら遠慮してください」

 暗に上から圧力をかけると匂わせる。

「ずいぶんと機動兵器にご執心なのね。銀河の至宝ともあろう人が現場に張り付いてまで開発を続ける理由を教えてくださらない?」

「無視ですか。わたしにも色々と思うところがあるのです。あなた方が興味を持つような事柄ではないのでお引き取りを」

「功名心? 今、一番管理局が注視しているのは新宙区とそこが生みだした技術だものね? ここで成果を出しておけば銀河圏での博士の立場は安泰になる?」


 徹底して無視してくる。マスメディアの人間にありがちな反応。彼らが欲しがる言葉を引きだすまでは退いてくれない。


「名誉なんて不要です。私欲に走ったってろくなものはできません」

 心底そう思っている。

「案外大事なものよ。原動力になるでしょう?」

「あなた方はそうでも、わたしまでそうとは限らないですから」

「誰もが理解して同調してくれる考えじゃないと思うわ」

 世間知らずだと言われた。


(好き勝手言って!)

 怒鳴りつけたくなる。


「きな臭いな」

「ブルー!」

「どうしたことだ?」


 頼りになる狼が現れた。エレンシアたち取材班はその異様に驚いて尻込みしている。哀願の視線を向けると青い瞳に理解の色が広がり、三角の耳がピンと立った。


「話が違うな、担当官殿」

「う……、いや」

「嫌がっているようにしか見えんが?」

 ポールは険悪な視線に震えあがった。

「エレンシアさん、ここは遠慮してくださらないと問題になりますよ」

「そう? 今日のところは諦めましょう」


 スタッフにも撤収を促している。彼女は緊張感が少しだけ緩んで涙が出てきそうになった。


「面白いものを飼っているじゃない?」

「飼ってるんじゃありません!」


 最後まで癇に障ることを言って女性記者は去っていった。


   ◇      ◇      ◇


(あんな護衛までいるとはね)

 エレンシアは楽しくなってきていた。

(素敵な番犬だこと。でも、残念ながら手遅れなの。あなたはもう、わたくしの手の平のうえ)


 真っ赤なルージュは三日月を描いた。


   ◇      ◇      ◇


 忙しい相手のことを考えてアポイントを入れたら、会うのは夜になった。更けた時間にもかかわらず、くつろいだ様子もなくオフィサーズジャケットで出迎えられる。


「すみません。こんな時間に」

 デードリッテが詫びるとサムエルは口に立てた指を当て、言いっこなしの合図。

「お互い難しい案件を抱えている身です。ざっくばらんにいきましょう」

「そう言ってくれると助かります」


 自然に腰を押され私室内に入る。明らかにまだ仕事をしていた雰囲気が漂っていた。


(申しわけないことしちゃったかな。私の言い分まで聞いていたら睡眠時間を削るしかなくなっちゃいそう)

 とはいえ招きいれられた後に何でもないというのは余計に悪い気がする。


「なにか困り事でもありましたか?」


 渡されたカップの中ではホットミルクが湯気を上げている。時間のことまで気にかけてくれていると感じた。相手は大人だ。甘えて構わないだろうと決める。


「取材班のことでちょっと困っています」

 彼の眉が跳ねる。

「聞きましょう」

「昼間にあのエレンシア・テミトリーさんていう記者がやってきて……」


 起こったことの経緯を話す。できるだけ私見が混じらないよう気をつけるも感情が先走るところもあった。


「目に余りますね」

 呆れ気味の吐息と重なる。

「ステッドリー担当官も何をしているんでしょうか。過剰取材を助長するような真似を。困ったものです」

「感情的には庇い切れないけど、何か口が重い感じでした。あの勢いで来られて止めきれなかったのかな?」

「いえ、それが彼の仕事です。職務放棄ですね」

 サムエルは腕組みして背もたれに体重を預ける。

「事情は解りました。担当官に重々注意を与えておくとともに取材班には改めて自重を促しておきましょう。ご迷惑をおかけしました」

「ありがとうございます。研究室にこもらなきゃいけないような羽目にならなきゃいいです。実機がないと不便だったりもするんで」


 デードリッテは立ち上がると、スライドドアまで見送ってくれた彼にもう一度礼を述べて部屋をあとにした。


   ◇      ◇      ◇


「ちゃんと押さえた?」

「もちろんですよ。抜かりはないです」


 通路の陰に隠れたZBCクルーは速やかに撤収した。

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