闘神の牙(12)
(あれを止められるものなど何もないということですか)
青い機体を呆然と見送ったサムエルは呆れまじりに思った。
発進スロットのロックはもちろん、着艦ハッチも閉じさせていた。それら全てが無駄。新型機からのシグナルは上位権限を発して開放されてしまう。
「どうなさいますか?」
司令官ブースの横に立つウィーブが尋ねてくる。
「戦闘にまで及ぶ気はないでしょう。おそらくブレアリウス操機長補に届けるつもり。誰かに連れ帰らせて……、いえ、彼に任せましょう」
「戦列の負荷を鑑みていただきありがとうございます」
「万が一を考えると、その辺の新参兵にホールデン博士を託すわけにはいきませんからね」
保護して戻るとなるとブレアリウス本人か、あるいはマーガレットやザリといった指揮官格の誰かを抜くことになる。それは戦列の弱体化を招くだろう。搭載されたレーザー通信機でサムエル自身が指揮を執れるといえど、前線の空気感まで明確には伝わってこない。
「とんだじゃじゃ馬です」
「あとでご本人に伝えておきます」
「おっと失言でした」
(問題ないでしょう。博士をして凄いと言わせた新型です)
彼らの余裕はそこから来ているのだ。
◇ ◇ ◇
「ブルー!」
呼び掛けに目を移す。
「わおわお、姫様自らの登場だね」
エンリコが茶化す。
「やれやれね。ブルー、何とかなさいよ」
「了解だ、メイリー。どうして来た、ディディー?」
「絶対に要ると思って。そのための新型だもん」
青い機体は彼らの傍らで停止する。
「無茶が過ぎる。ここはもうすぐ戦場になる」
「ごめんなさい。乗り換えたら帰るから」
「いや、もう無理だ」
すでに灰色に染まるアゼルナの軍勢が迫りつつある。接敵は間近。
「そのままでいろ」
「いいの?」
拒まれなかった彼女は嬉しそうにする。
「システム。自動帰投モード」
『緊急コードを入力してください』
「分かっている」
やむを得ず離れなくてはならないとき、機体の保全を目的として自動帰投させるモードに移行させた。彼がコクピットから離れたら勝手に所属艦に戻っていく。
「ごめんね」
コクピット間を移動したブレアリウスに何度も謝ってくる。
「助かるのは事実だ。ありがとう」
「うん!」
「サブシートを出すからしっかりとベルトを締めておけ」
レバーを引いてサブシートを自動展開させる。無重力に慣れないデードリッテを抱えると移し替えた。自身はパイロットシートにおさまる。
『パイロットの認証をはじめます』
システム音声が告げてくる。
「頼む」
『網膜、声紋、脳波チェッククリア。パイロットをブレアリウス・アーフと確認。各種機能のロックを解除します』
ジェネレータの唸りが増した。戦闘起動を始めている。
『
機体と同調し、センサー情報が狼のσ・ルーンを介して頭に流れこんできた。
『タイプ
「機体コード? 名前か」
「それなら決まってるの! この新型は『レギ・ファング』!」
亜麻色の髪の少女が待ってましたとばかりに言う。
「
『機体コード「レギ・ファング」を承認。登録しました』
アゼルナの神話になぞらえたのだろう。
人は神の似姿をしている。当然、闘神レギはアゼルナンと同じ姿。逞しい身体の上にはマズルのある狼の頭部が乗っている。鋭く白い牙を誇る戦いの神だ。
「これはブルーがシシルを助けに行くのに必要な牙。自死まで覚悟しているあの人を助けに行って」
通信を切ってバイザーを開けたデードリッテがささやく。
「無論だ。それに君も死なせはしない」
「わたしも?」
「同じくらい大切だ」
彼女の頬にえくぼが浮いた。
ペダルを踏むとラウンダーテールが跳ねあがる。「パパパパッ!」と連続する破裂音のようなパルスジェットの噴射音。レギ・ファングは突き飛ばされたかのごとき加速をみせる。
「ふくっ」
肺の空気を絞りだされたような彼女の吐息。
「苦しいか?」
「ううん、大丈夫。耐えられるから」
「しばらく我慢してくれ」
(こうも違うか)
新たな感覚に耐えているのはデードリッテだけではない。ブレアリウスも機体が全身に貼り付くような感覚をおぼえていた。
(四肢が巨大化したみたいに感じてしまう。これに飲まれると危険だ。落ち着いて御することに集中しろ)
「接敵するわよ。射撃準備」
メイリーの指示が飛ぶ。
「これはこれは。ブレ君に必死についていったらいつの間にか最前線だよね。出遅れたってのに、どんな
「これからは日常になるんだから覚悟なさい」
「ういうい、りょうかーい」
鎧のような感覚とは逆に、軽く感じる機体を意識しないといけないだろう。
「ビームランチャー」
思考スイッチで左手に持たせる。シュトロンのものより大振りなランチャーもパーツの所どころが青い。
(狙う)
灰色の戦列を意識すると望遠ウインドウが現れた。
こつんという反動とともに放たれたビームが真空を裂いて直撃する。威力も高いが
「いっけぇ! レギ・ファング!」
「ああ」
乙女の号令に呼応して、ブレアリウスは闘神の牙を敵軍に向けた。
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