青き狼(7)
何が起こったのか分からないデードリッテの前で、これみよがしに嘲ったらしいアゼルナン二人にブレアリウスは詰め寄る。胸倉を掴んで吊り上げると壁に押しつけた。
「こんな場所でまでくだらない迷信を振りまくな」
恫喝の声が牙の間から漏れる。
「苦し……、放せ……」
「やめやがれ! てめぇ、撃つぞ!」
もう一人が銃器を取りだそうとしている。
(ダメ!)
反射的に飛びつこうとするがアゼルナンの腕力には敵わず振り払われ転ぶ。
「ディディー! お前!」
吊り上げていた相手を床に叩きつけた狼は裏拳を振り抜く。
「ぐはぁ!」
「げほっ!」
「マっズい! もう始まってる」
拳を振りあげているブレアリウスの前に男が入りこんで止めた。
「はいはい、ブレアリウス。それで十分だ。こいつら、もう後悔してるから」
「するもんか。どけ、エンリコ」
「殴るんならあたしを先にしな」
腰に手を当てた女性まで仲裁に入ると彼は唸りをあげて腕を下ろす。
逆立てていた柳眉をすぐに収めた女性は歩みよってブレアリウスの肩をポンポンと叩く。「女は殴れないんでしょ?」と優しい声を出した。
「くそ! 訴えてやる! 軍規違反で裁判にかけてやる!」
裏拳を食らったアゼルナンは鼻と口から流血している。
「いやいや、いいのかなぁ? 暴力沙汰の原因なんて知れてるけど」
「上層部に訴えればどちらも処分は免れないね」
「む……」
事実らしく押しだまる。
「大人しく医務室に行きな。この狼はユニオンの規律で裁かれるから、それで我慢するんだね」
「守れよ!」
捨て台詞を残して立ち去る。
(いったい何だったの? この人たちは?)
目まぐるしい事態に思考が追いつかない。それでなくともディディーは荒事に免疫がなかった。
「申しわけないっ! 遅れちゃったね。やあやあ、本当にホールデン博士だ」
癖のある金髪を長めにした男が詫びてくる。
「うちの狼がハルゼト軍施設のほうに行ったって聞いて飛んできたんだけどさ。騒動に巻きこんじゃってすまないね」
「ううん」
「じゃ、さっさと退散しよう。ここはトラブルの元」
お気楽そうな彼に手を引かれる。
振り返ると、悔やむようにすがめられた青い瞳が逸らされた。
◇ ◇ ◇
(これで終わりか)
ブレアリウスは少し楽しくなっていた。有名人が自分に興味を持つなどあり得ない。なのに彼女は躊躇いもなく近付いてきて、呆気に取られているうちに目を奪っていった。
軍のような暴力的な組織になど本来縁のない存在なのだ。できるだけ優しく扱ってきたが、あんな様を見せれば離れていくだろうことは想像に難くない。
(そう。こんな少女と縁を結ぶような商売じゃない)
それほど深くはないが、彼とて『銀河の至宝』の名は知っている。明らかに格違いで、違う世界の住人のはずだった。
それも可憐な妙齢女性。
まっすぐで自然な光沢に恵まれた亜麻色の髪。その繊細な細さは触れるのを躊躇うほど。先端を少し外はねにしているあたりは洒落っけなのだろう。
黄色系の肌色。目立つ額の下には整えられた細い眉。薄い茶色の瞳はキラキラと輝いている。頬には健康的な赤みがさし、笑うとえくぼができた。
小さな造りの鼻に控え目な桜色の唇。茹でたての玉子を剥いたような張りのある肌が艶々としている。
(俺みたいな
そんな彼女の食い気味の距離感に戸惑っていた。
(今日はちょっと運のいい一日だったと思おう。明日からまたいつもの日常に戻ればいい)
諦めが胸に宿る。それなのに苦しさを感じるのは自分の強欲を示しているようで呆れた。
「ぼくはエンリコ・マクドランタ。ブレアリウスと同じ
デードリッテを連れこんだ車内で同僚が自己紹介を始める。
「あたしはメイリー・ヤック。同じくユニオンの所属で一応こいつらの面倒をみてるのさ」
「……よろしくお願いします」
「あらあらー、元気ないね。気にしなくていいんだよ。珍しいことじゃないからさ」
彼女は目もあげずに挨拶を返す。
(こんな顔をさせたのは俺か。関わるべきじゃなかったな)
罪悪感しかない。
「教えて」
か細い声。
「なになに?」
「
「あー……。いやいやー、それはねぇ」
さすがのエンリコも歯切れが悪い。
「生まれてはならない子のこと。俺みたいなのがそうだ」
「どうして? なんでブルーが生まれちゃダメなの?」
「…………」
答えにくい。
「本人に言わせるのは酷だから説明するね。アゼルナンには先祖返りが生まれるんだ。そんなに高い確率じゃないけど一定数ね」
容姿としては先ほどの二人のような10cmに満たない
ところが稀にブレアリウスのようなマズルの長い、まるで狼そのもののような容姿を持つ子が生まれる。それは惑星アゼルナでは忌み子として厭われる。不幸の使者と言われているのだ。
「それでハルゼトの軍施設に行くとき雰囲気がおかしかったの?」
「……ああ」
「あそこはアゼルナンも多いからね」
エンリコが補足する。
「わたし、そんなとこに連れてっちゃったのね。嫌な思いをすると分かっているのにブルーは付き合ってくれたんだ」
顔を覆って慟哭を始めたデードリッテにブレアリウスは驚かされた。
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