第78話 ※死亡保険―デッドマンズ・スイッチ―

 そこからしばらくは、涼風にとってげんなりするような展開が続いた。


 明智五香という女子のことは涼風も人並みにテレビを見ていたので知っていたつもりだったのだが、探偵というのは謎を解いているとき饒舌になるものらしい。


 テレビのときと口調が違うのはともかくとして、本当によく通る綺麗な声で、聞きたくもないことをペラペラと喋る。


「生体と死体……つまり生きてるときに丸ごと焼くのと、死んだ後で丸ごと焼くのとでは焼死体の特徴に差が出る。例を挙げると血中の一酸化炭素ヘモグロビンの量だとか、肺の中に煤が入っていたり、気管支が煙の熱で焼けていたりなァ。

 つまり生きながら焼かれてしまったヤツらは死ぬ寸前まで呼吸をしていたはずだから、内臓等の中身へモロに特徴が残るわけさァ。この辺は私も専門じゃないからわからないんだけど……裏っちを連れてくればちょっとくらいは検視してくれたかもなァ。

 ちなみに焼死体に独特のこの膝や腕を前に突き出した所謂『死のファイティングポーズ』は、筋肉内のたんぱく質が焼けたことによって凝固……焼肉屋で網目に置いた肉が縮むのとまったく同じ原理が人体で起こってこうなる。全身の筋肉が一斉に縮んだ場合、少なくとも人体においては『曲げる筋肉』の方が『伸ばす筋肉』より力が強いから、最終的にこの似たり寄ったりのポーズになるわけだなァ。

 当然ながら燃えたのが生きている間だったのか死んだ後なのかはこの場合あまり関係無くて、死んだ後だったとしても筋肉の大半が新鮮なら、燃やせばほとんどこのポーズになる。この姿勢的特徴から死因を特定するのは無理ってことで……」


 云々かんぬん。焼死体における特徴を延々と涼風の耳にエンドレスで流し込んで来る。後は『生きている内に焼かれれば苦しんで目を思い切り瞑るので眼球が何々』とか『火傷の症状が出るから火ぶくれのような反応が見られるはず』とか『……炭化してるから肌の状態とかよくわかんねーなァ』とか。


 可愛い顔でグロい知識を延々と。滔々と。水や川の流れのように。


 臭いや暑さ、死体の傍にいるという非日常感も相まってストレスがどんどん堆積していくのを感じる。


「……ん? 涼風さん? さっきから静かだけど、どうかしたかァ?」


 鈍感そのもの、無神経の極みのその一言で堪忍袋の緒が切れた。


「お前のせいだろうがァーーーッ!」

「ええっ!?」


 怒鳴られた五香は心底びっくりしたようで、目を見開いて仰け反った。

 何も意外なところは無いはずなのに、この反応だ。ますます怒りが止まらなくなる。


「思考を整理するにしても口に出すなッ! 自分がどれだけ他とズレているか自覚しろッ! お前にとっては平気なことでも他人にとっては苦痛極まりないことなんていくらでもあるんだよッ!」

「……え? 何の話だァ……? アメリカの人体発火現象の事例とはかけ離れているから、所謂人体のロウソク化とは別みたいだ、のあたりかァ……?」

「全部ッ!」

「全部!?」


 五香は、涼風も一緒に死体を見分していることから『この程度なら話しても大丈夫だろう』という線引きを完全に誤認バグらせていた。

 一般的な感覚で言えば死体は怖い物、気持ち悪い物、非日常の象徴だ。そこから距離を取りたいと思うのは自然なことだという認識が完全に抜け落ちていた。


「あ……あー……ごめんなさい……」

「で!? 死因はわからないことはわかったが、じゃあ別にわかることは!?」

「デスクのパソコンが全部使い物にならないってことくらいだなァ」


 それは涼風にとって初耳の情報だった。しかもこちらに関しては聞いても精神に影響は無さそうだ。


「……聞かせてくれ」

「実のところ、パソコンに関わらずあらゆるパスをメモし、しかもその管理が杜撰ずさんな人種ってのはどうしてもいる。このオフィスも例外じゃなかった。で、手に入れたパスを使ってパソコンを起動した……までは良かったんだけどよォ」


 そこで五香は溜息を一つ吐き、肩を落とした。


「……全部?」

「あと、パソコンの一部……多分件のサーバールームと繋がるコネクターが、内側から物理的に破壊されてた。多分、何かの薬品だろうなァ。これじゃあサーバールームの情報を一片たりとも覗き見れない」

「どうしてそんなことに……」

死亡保険デッドマンズスイッチ


 聞きなれない単語に涼風の反応が遅れる。

 それを察したのかは定かではないが、五香の追加説明は淀み無かった。


「代表的なのは、テロリストや自爆をチラ付かせて人質を取るタイプの犯罪者が良く使う手だなァ。まず握ってスイッチを押すことで第一段階。第二段階はそのスイッチから手を放すこと。第二段階が終われば、ドカン。そこで爆弾が破裂する。

 つまり遠くから狙撃されて死んだりしたら、そこで人質が全部死ぬ仕掛けのことさァ。こいつらの場合は。故に死亡保険デッドマンズスイッチ

「中身は全部消えていたんだろう? そんな仕掛けがされていたことがどうしてわかる?」

「デバイスに書いてある」


 近場にあった焼死体に近付き、五香はその左腕を指差す。そこに巻かれているのは腕時計型のデバイスだ。

 熱のせいで歪み、細かくノイズが走っているが、辛うじてそこに映っている文字は読めた。


『DEAD END!

AND

ALL DELETE!』

「こりゃまた何ともわかりやすい……!」

「やっぱりコイツらはここの職員ってことで間違いない。でも解せないなァ……死亡保険デッドマンズスイッチをかけておくこと自体はまあ理解できなくもないけど。『データを消すために持ち主を消す』みたいな遠回しな使い方を何故選んだんだァ?」

「ん……」


 涼風は想像を働かせてみる。

 例えばこの惨状を生み出したのが町長か副町長だったと仮定するなら、動機は口封じ等いくらでもある。犯罪者なのだから。

 だが、こんな仕掛けを作るくらいならもっと前の段階で『町長、副町長の携帯からの遠隔操作でデータを全部消し飛ばせる』のような仕掛けを作った方が余程簡単ではないだろうか。

 わざわざ人とデータの命運を連動させる必要は無いように思える。


「……この惨状に町長や副町長は関わっていない……?」

「または、もっと最悪な可能性だなァ」

「既に最悪だが」

「いや。ここより底がある。私には共感できないけどよォ。要するに、コイツらを――」


 そこで、五香の言葉は切れた。

 耳の端に、メルトアの声が引っかかったからだ。


「……ッ! ……ッ!」

「――!」


 防音がしっかりしているのか、声は遠かった。

 だが聞き取れなかった部分は予測で補う。メルトアはこう言っていた。


『五香お姉! しばらく外に出て来るな!』


 ゾワリ、と背中が一気に粟立つ。

 続いて壁に響く轟音。そして亀裂。


「やべ」


 五香がそう認識するのが遅いか早いか。

 壁が突き破られて、何かがオフィスに入ってきた。

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